都市周縁とペスト


 近代初期のイギリスのペストについての研究書を読む。文献はSlack, Paul, The Impact of Plague in Tudor and Stuart England (Oxford: Clarendon Press, 1985).

 ペストについてのリサーチが一通り終わって、アイデアを探しながら議論を組み立てるフェーズに入った。スラックの書物はペストの歴史の傑作のひとつである。不完全なデータや洞察を慎重に組み合わせて結論を引き出すお手並みは見事である。構成の仕方も非常に参考になった。必読書といっていい。

 その中で特に面白かったことを一つ。都市周縁の問題である。この時代には、都市の中心部は富裕な市民たちが居住する区域で、流入した労働者や貧民たちは都市の周縁部に住むのが一般的だったという。そしてロンドンやノリッジなどの都市におけるペストの被害は、その周縁部に集中する傾向が次第に鮮明になっていく。都市のペストの問題は、貧しく不安定な周縁部の問題へと結晶していった。

 確かに、都市中心と周縁の死亡率の違いは、悪名高い「逃亡」の影響もある。都市中心部に住む富裕な人々はペストの流行とともに街を逃げ出すことが多かった。(17世紀以来のロンドンの死亡表は富裕層が逃げるために張り巡らしたアンテナだと、ある有名な人口史学者が数年前の学会で言い張ったことを思い出す。)しかし、スラックによれば脱出だけで死亡率の違いを説明することも難しい。居住環境の違いも確かに働いているという。

 画像は淡路島洲本町のペスト流行地図。 兵庫県のペスト流行記事より。