猫の品種改良・伝染病研究所版

 このところネズミの話ばかり書いているので、ちょっと気分転換に猫の話でも。文献は色々あるが、北里柴三郎『<ペスト>ト蚤ノ関係ニ就テ』(東京:東京市役所、1909)が面白い。

 1894年に当時ペストが流行していた香港でイェルサンがペスト菌を発見したあと、ペストの感染経路の研究は順調に進み、イギリスによるインドのペスト研究委員会はネズミ-ノミ-ヒトという感染の経路を立証した。北里柴三郎は最初は懐疑的であったが、淡路島の由良町での観察結果は、イギリスのペスト委員会の見解が日本のペストでも正しいことを疑う余地なく立証した。

 さて、ネズミとノミの重要性が立証されるといよいよその対策である。ネズミと言えば条件反射のように猫を飼えばいいという意見が出てくる。それに対して、猫もペストにかかるしノミが集るから、猫から人間へのペストの感染もありうるという意見が出てくる。猫を飼っているところでもペストは流行するじゃないかという意見も出てくる。ペスト対策として猫が役に立つかどうかという議論は錯綜を極める。

 北里は師のコッホに忠実に猫の有用性を説く。しかし、猫なら何でもいいというわけではない。生まれ育ちが正しい猫でなければならない。親猫が鼠をとることを教えない野良猫ではいけない。また、都会で飼われている愛玩用の「道楽猫」も役に立たない。また、田舎の猫ならどこでもいいというわけではない。漁港である由良町の猫は魚を飽食しているから、ネズミが目の前を通っても吾関せずを決め込んでいる。日本の猫なら、養蚕地で飼われている猫が、蚕を食い荒らすネズミを獲ることを叩き込まれているエリート猫である。一方、インドの猫も優れていることを、イギリスの軍医から聞きつけて、彼にインドの猫を10匹送ってもらうと、これが実にネズミを獲るのがうまい。おいおいこれを繁殖しようと喜んでいたが、このうち9匹は日本の厳しい冬を越せずに肺炎で死んでしまったので、改めてインドから猫を送ってもらったという。

 猫の優生学的品種改良計画がこれからどうなったのか、私は知らない。白金の伝染病研究所の一角では猫のブリーディングまで行われていたのだろうか?