医学史の教科書

 今日は医学史の教科書の紹介を。 

 医学史をどうやって教えるかというのは、同業者にとって悩みの種だと思う。一昨年、現段階では最高の教育リソースが出版された。意外に知られていないようなので紹介する。文献は、Elmer, Peter, The Healing Arts: Health, Disease and Society in Europe 1500-1800 (Manchester: Manchester University Press, 2004); Brunton, Deborah, Medicine Transformed: Health, Disease and Society in Europe 1800-1930 (Manchester: Manchester University Press, 2004); Elmer, Peter and Ole Peteer Grell, Health, Disease and Society in Europe 1500-1800: A Source Book (Manchester: Manchester University Press, 2004); Brunton, Deborah, Health, Disease and Society in Europe 1800-1930: A Source Book (Manchester: Manchester University Press, 2004).

 イギリスの Open University のテキストとして出版された、教科書本体が400ページほどのものが2冊、それに300ページほどの資料集が2冊ついた、計4冊、1400ページの大きなものである。カバーしている時代は1500年から1930年、地理的にはヨーロッパの主要な国と植民地医学が含まれている。(古典医学を思い切ってカットした勇気に拍手。)「患者」とか「病院」とか「優生学」といった80年代以降に開拓されてきた新しいトピックは大体取り入れられていて、「新しい医学史」の基本を学ぶことができる。

 何より優れているのは、1400ページとたっぷりとスペースがあるから、事実の羅列ではなくて、教室で「議論」をするための方向性と素材が十分に提供されていることである。例えばこのような問題はどうだろう? 
資料集の “The clinical education of the physician in late eighteenth-century France: Philippe Pinel (1793)” を読み、ピネルはライデン学派なのかウィーン学派なのか論じなさい
資料集の “The mechanical body: Descartes on digestion” を読み、1) デカルトはどのように消化の機能を理解しているか、そしてハーヴェイの理解とどのように違うか論じなさい、2) デカルトが人体を理解するための用いているイメージは何か、そして身体の主要な生命原理は何か論じなさい」
資料集の “The Europeanization of native American remedies” を読み、エルナンデスがどの程度までアズテカの薬草をヨーロッパ化したのか論じなさい
資料集の “Survival of African medicine in the American colonies” を読み、なぜ黒人の薬物の知識は、人種的・文化的・地理的な境界を越えることができたか、理由を論じなさい。 

 正直言って、私も実際に資料集を読んでみないと解けない問題ばかりであるが(笑)、今年の冬の非常勤のクラスでは、このテキストを使って教えてみようと思っている。