レファレンス オスラー名言集

 ちょっとプライヴェートな話をする。しばらく前に梅毒についてのエントリーを書いたときに、「梅毒の疫学なんて不可能だ」という意味のオスラーの警句を引用したくなったけど、このメモを探すことができない。ウェッブで検索しても、同じオスラーの「梅毒を制するものは医学を制す」(”He who knows syphilis knows medicine”)は何千とヒットするが、欲しい引用はヒットしない。仕方がないので、数年前に買ったアンチョコを見た。Quotable Osler (Philadelphia: American College of Physicians, 2003)である。 結局これにもなかったのだけれども。 

 オスラーはカナダ生まれの医者で、19世紀から20世紀のイギリスと北米の偉大なヒューマニスティックな臨床家・医学教育者である。オスラーの名前を冠した医師協会の類は世界中にあって、日本オスラー協会の会長は有名な日野原先生である。臨床医学の知恵の体現として今でもアメリカの医者たちに尊敬されている。医学的な著作が Project Gutenberg で読めるほどである。偶像視されているという人もいるかもしれない。 

 オスラーからの引用を、私たち医学史研究者は、オスラーの時代-臨床医学の黄金時代と言われている時代-の医学の理想を一言で表現してくれる便利な台詞として扱うが、そこに不変の英知や倫理として扱う年配のお医者さんたちもいる。どちらにせよ、昔も今も、医者たちの心を医学史家の想像力をわしづかみにする警句の名人であることは間違いない。長い苦闘の末にやっとリスペクタビリティを獲得したオスラーの時代のアメリカの医者たちにとってはジェントルマン理念のエレガントな体現として。倫理ガイドラインに痛めつけられている現代の医者には、医者の人格さえ高潔仁愛ならば全ての問題が解決された昔へのノスタルジアとして。 

 幾つか引用する。

「医療は科学に基づいた芸術である」(The practice of medicine is an art, based on science. Art の訳が難しいけど)
「医学は不確実性についての科学であり、可能性についての芸術である」(Medicine is the science of uncertainty and the art of probability)
「最良の医者とは間違いが最も少ない医者である」(The best doctor … is the one who makes the fewest mistakes.)

 深い英知をたたえた謙虚な人間は、こういうことを言うんだろうなというこちらの予想を、恐ろしいほど先読みする警句である。 
 
 ついでにもう一つ。少なくとも上の三つと同じくらい味わい深い(笑)、若い医学生への忠告を。

「酒と女を避けなさい。妻にはそばかす顔の女の子を選びなさい。そのほうがずっと性格美人なことは間違いないから」(Avoid wine and woman – choose a freckle-faced girl for a wife; they are invariably more amiable.)

 それはそうと、私が冒頭で探せなかった引用を知っている人はいませんか?