Good Girl の病気としてのヒステリー


 必要があって、20世紀初頭のアメリカの精神病院を研究した著作を読む。文献は Lunbeck, Elizabeth, The Psychiatric Persuasion: Knowledge, Gender and Power in Modern America (Princeton: Princeton U.P., 1994) 精神病院の患者記録という良質な資料の組織的な分析と、フーコーやジェンダー論の洗練されたヒストリオグラフィ、そして流麗な文体を組み合わせて、20世紀精神医学史の新しいスタンダードを示した著作。出版当時いくつかの学術賞に輝いた必読書。今回読み直したところはヒステリー患者を論じた8章。

 20世紀の初頭に作られたボストン精神病院 (Boston Psychopathic Hospital) は新しいタイプの精神病院だった。19世紀の精神病院は、都市部から遠く離れた場所で患者を長期にわたって監禁収容するものだった。(この性格づけを疑問視する歴史学者が最近は多い。)これは患者を一般社会から切り離れた「他者」として結晶させただけでなく、都市に集中していた医者のコミュニティから精神科医を切り離す制度でもあった。このような制度の精神医療を改革することが20世紀初頭の医学の大きな目標になった。ボストン精神病院はアメリカを代表する学術・文化都市の中枢部にあり、医学研究の体制が整っていた。そこで、精神病患者を、了解不能な他者として見るのではなく、日常生活のディレンマや悩みの結果、心を病むに至った存在としてみるようになった。その「読み替え」を通じて精神医学者たちは、日常生活の背後にある心の構造や葛藤についての権威という、戦後のアメリカで彼らが占めている地位を得るに至った。

 ついでに言うと、アメリカの精神医学が精神病院を増やすのを止め、180度転換して精神病院を減らし始め、そして日常生活の心の問題の権威になったのは、ちょうど日本の精神医学が精神病院を急ピッチで建設しつつ、日常世界そのものの亀裂としての精神分裂病に夢中になっていた時期である。

 ヒステリーについてだが、この時代は賑やかなフラッパーの時代でもあり、ヴィクトリア時代の謹厳なピューリタニズムは時代遅れだと思われていた。フロイトに代表される性の科学・心理学が医者たちに影響を与え、性を通じて人間の行動を理解するようになった。それよりもなによりも、性についてのことがらを口にすることが始まっていた。しかし、現実の生活においては、性について能動的な男性と受動的な女性という規範は、一般の人々の間にも、医者が病気を理解するうえでも、いまだに生きていた。「ヒステリー」と診断されてボストン精神病院に入院した患者たち(ほとんどが未婚の女性であった)は、この規範と、自分の人生におきた事件の齟齬が原因で病気になったと考えられていた。幼少時の大人による性的ないたずら、付き合っていた恋人に強引に身体を求められた事件、これらの経験が精神分析医によって語りとして引き出されていて。ヒステリーは、本来性的には慎み深くてしかるべき女性による「誘惑」を中心に理解されていた。 

 やはり面白い。これからしばらく何度も読み返す議論になるだろう。

 画像は「シャルコー先生、サルペトリエールでヒステリーの臨床講義をするの図」(1887) これはオリジナルから作られた版画。