新着雑誌から。精神病院のアーカイヴに残されている手紙から、家族にとって精神病院への「入院」はどのようなものだったかを研究した論文を読む。文献はWannell, Louise, “Patients’ Relatives and Psychiatric Doctors: Letter Writing in the York Retreat, 1875-1910”, Social History of Medicine, 20(2007), 297-313.
精神医学の歴史の中で最大の焦点はやはり「監禁型精神病院」の位置づけの問題である。19世紀には科学であれ人道主義であれ、「善」を象徴していた精神病院は、20世紀の後半には、反精神医学の影響もあって「悪」の象徴となった。1960年代・70年代には、ミシェル・フーコーの著作をはじめとして、精神病院の弊害と悪を告発し糾弾する視点で優れた歴史が書かれていた。80年代・90年代には、実際に精神病院に残された記録を読んで分析してみると、事態は単純な善悪二元論では捉えられないことが明らかになり、それなら精神病院の本質は何だったのだろうという問題に、私も含めて精神医療の歴史学者たちは答えようとしている。
この論文は、精神病患者の「家族」に注目した研究で、精神病院に残された家族からの手紙を分析している。精神病院は、そこに入院させて放っておく空間ではなかった。家族は頻繁に手紙を書いて、病院での治療とケアに深く関与していた。19世紀以降の精神病院について人々が抱きがちな、入院させることが社会からの追放になる場という理解は、大きく現実から外れている。特に家族が精神病院の医者をどうみなしていたかという問題が面白い。私費患者の家族にとって、医者というのは、対価を払ってサービスを提供するある種の雇用人であり、家族と患者をつなぐ媒介者であり、信頼して治療とケアをゆだねる専門家であり、家族の問題や悩みを打ち明ける相手でもあった。このような、家族から見たときのさまざまな機能を状況に応じて医者は担い、場合によっては一人の患者・同一の家族にとって複数の機能を果たしていたという。