内分泌学と性の二元論の否定

必要があって、内分泌学革命を論じた論文を読み返す。文献は、Oudshoorn, Nelly, “Endoctorinologists and the Conceptualization of Sex, 1920-1940”, Journal of the History of Biology, 23(1990), 163-186. 簡潔で優れている。

議論としては、19世紀の末から20世紀の前半の内分泌学と連関して、それまでは厳密な二分法で考えられていた生物の「性」が、異なった仕方で捕らえられるようになったこと、そこで重要だったのは物質を取り扱う生化学者だったということ。

1890年代のフランスの生理学者のブラウン=セカールは、モルモットとイヌの睾丸をすりつぶして自分に注射して「若返った」と報告した。これをうけて、睾丸の中には男性の男性らしさを保つ物質があるのではないかと医科学者たちは研究を始めた。回春薬的な怪しげな薬はいつの時代でも需要があるもので、1920年代にはオランダの医科学者のErnst Laqueuerは、オルガノンなる会社を作って動物の生殖器や尿から「性ホルモン」を作っていた。この時代には「男性ホルモン」「女性ホルモン」という呼び方がされていたのは、性は二種類あるのだから、男性と女性で相異なる物質があるに<ちがいない>という当時の前提が反映されている。

しかし、1934年に牡馬の睾丸に、当時は卵巣からとられていたエストロゲンが発見されると、これは驚きとともに受け入れられ、それまで男性ホルモン・女性ホルモンと呼ばれていたものは、それぞれ男性や女性なりの皮質や腺で、排他的に作られるのではなく、どちらも作られるのだというように「性ホルモン」を理解するモデルが変わった。

この過程で重要だったのは、男女は解剖学的に二種類の全く異なった存在で、場合によっては反対ですらあるという、生身の人間や生物から出発していた医者や生物学者ではなくて、製薬会社に雇われて、生身の性とは無関係な場所でホルモンの物質構成などを研究していた生化学者たちであった。