タイにおける近代医学

未読山の中から、タイの医学の近代化を論じた論文を読む。文献は、Puaksom, Davisakd, “Of Germs, Public Hygiene, and the Healthy Body: the Making of the Medicalizing State in Thailand”, Journal of Asian Studies, 66(2007), 311-344. この主題については初めての英語論文だそうで、その意味で必読文献。

ポイントは二つあると思う。一つはタイに最初に導入された西洋医学と細菌学(著者は「パスツール医学」と呼んでいる)のずれの問題である。タイに最初に西洋医学が導入されたのは1830年代で、バンコクに伝道に来ていたアメリカ人のダン・ビーチ・ブラドレーで、種痘と外科によってその力を示した。ブラドレーはコレラの流行に際して、1860年代にはタイ語で言うところの chuea rok という概念をタイにもたらし、一定期間検疫することでこの chuea rok が弱まるからという理由で検疫を進めた。これは表面的には細菌の概念と似ているが、ブラドレーの概念はよりミアズマ的であるという。1900年近辺には、ミアズマ説に沿ったバンコク市外の改革が行われ、「臭いの元」を断つための公衆便所の創設などが行われた。この時期には、「悪い空気」でなく細菌が病気の原因だという説は受け入れられなかったという。細菌学が科目として教えられるのも、1915年以降だという。タイは皇室主導の近代化を、細菌学というよりミアズマ説で行ったということである。

一方、1900年近辺のウシの炭疽病の流行の結果、「パスツール医学」も導入され、これは人口を健康に保つための手段として国策に組み込まれたという。