アレクサンダー大王

空港の本屋で偶然買ったアレクサンダー大王伝を出張の飛行機の中で読む。文献は The Legendary Adeventure of Alexander the Great, trans. Richard Stoneman (London: Penguin, 2006). これは、Pengui Epics という20冊ほど刊行されているシリーズの中の一冊。そのシリーズは、世界各地の(といってもヨーロッパが中心だけれども)叙事詩のハイライトを集めて、100ページくらいに抜粋したものが20冊ほどある、面白いシリーズ。この書物自体のもとになっているのは、紀元3世紀までに成立した、The Greek Alexander Romance とよばれる、アレクサンダーの生涯や事績を記したテキストとのこと。

叙事詩を読むのは好きだから、アレクサンダーがペルシアの領内に深く侵入しして城を次々と攻略し降伏させていき、ダリウスの大軍を撃破する血湧き肉踊るくだりを愉しく読んだけれども、三つほど気がついたことを。

まず、この「ロマンス」の主たる素材は、手紙であり、演説であるということ。アレクサンダーがダリウスに宛てた手紙、敵の城主に降伏を勧める手紙、ダリウスが配下のサトラップたちに送った鼓舞する手紙、アレクサンダーが兵士にした演説など、こういった一言でいうと「公式文書」の内容が、「ロマンス」の主体をなしている。

第二に、その対極といえるタイプの資料だけれども、もう一つの重要な要素が、夢占いである。登場人物が夢を見て、その内容が解釈されて、話が進んでいく。冒頭からして、マケドニアの王妃の夢の中に宮廷の預言者が忍んで行って王妃と交わり、アレクサンダーが懐妊されるという、非常にきわどい話である。物語論を勉強したことがある人や、この時代のテキストに詳しい人ならもっと的確なことが言えると思うけれども、外交文書と夢占いという、少なくともいまの我々から見るとステータスが全く違う二種類の文書が自然に並べられているのが不思議である。きっと、この時代の「夢」のステータスについて、何かを示唆しているのだろうな。

もう一つは、この抜粋の最後に付された、世界の覇者となったアレクサンダー大王からアリストテレスへの手紙という形式を取っているテキストについて。実際にアレクサンダーがアリストテレスに手紙などを書いたことがあったかどうかは知らないけれども、内容はもっとも空想的な博物誌で、征服した地域に住むさまざまな奇怪な人種たちについての報告である。「世界の果て」に住む怪物についての言説といえばそれまでだけれども、剣で世界を征服した者が、同時に博物誌の研究者、少なくとも報告者であるというのは、こんなに起源が古いのかと感心した。自らをアレクサンダー大王に比して想像することが多かったナポレオンが、エジプト遠征に博物学者を連れて行ったのは、意外にシンプルな理由があったんだ。ガリア戦記が、戦記であり博物誌であるのと同じでもあるんだろうな。