病原体の歴史

未読山の中から、病原体の歴史を一般向けに解説した本を読む。文献は、Crawford, Dorothy H., Deadly Companions: How Microbes Shaped Our History (Oxford: Oxford University Press, 2007).

著者は偉い微生物学の先生で、一般向けの書物を何冊も書いているから、この本も安心して楽しく読める。歴史の部分は少なくともプロの研究者には常識的な情報が多いけれども、上手にまとめているけれども、もちろんこの本のコアは微生物についての記述で、DNAの分析を使った微生物や媒介生物、それから人間の進化に関する部分は読み応えがある。特に第2章で、マラリアの進化と蚊の進化とヒトの適応を論じた部分は、だいたい鎌状赤血球の話を説明して済ませるこの主題の話のなかでは、一番洗練されていた。DNA分析の可能性を大いに披露している同署だが、その限界も率直に認められていて、中世の黒死病が本当に Y. pestis によって起こされたのかとか、梅毒はどこから来たかというような、論争になっている問題に決着をつけるほど、DNA分析は進歩していないし、DNAの配列から進化の年代などを推定する方法は、方法論や前提に関して議論があるそうだ。

それから、トピックの配列の仕方がいい。人類の誕生から、狩猟採集段階、農耕段階とローマ帝国、中世の都市、大航海時代と19世紀、飢饉の時代、病原体の発見とコントロール、そして病原体の逆襲という、ほぼ時代順に並べて、そこにいろいろな病気の話題をはめている。新大陸の天然痘と19世紀のコレラが同じ章の中に入れられ、16世紀の発疹チフスと19世紀の結核が同じ章に入っている。前者の二つの疾病は移動によってもたらされた現象であり、後者は貧困と劣悪な生活環境によてもたらされるからである。この、歴史学者なら普通思いつかないような配列が、意外に面白くて、歴史の流れのある特徴を鋭く捉えている。これは、科学者の直感かもしれないし、優れた歴史学者のアドヴァイスかもしれない。

面白い断片的な情報はたくさんあったけれども、ひとつだけ紹介すると、日本の戦前の細菌学者たちが必死で証明しようとしていたように、コレラ菌は人間や動物の体の外で、長期にわたって生存することができるそうだ。2005年に発表された研究によると、ベンガルの汽水域では、藻についているプランクトンに寄生してコレラ菌は普通に暮らしていて、藻が増えてプランクトンが増えるとコレラ菌も増え、人間に感染する可能性が高くなるそうである。日本の細菌学者たちがよく書いていた、コレラが外国から輸入されずに「昨年の流行が越年する」という形で、進入の痕跡なしに流行が始まるのは、こんなメカニズムだったのだろうか。