必要があって、19世紀ドイツの人体モデルの製作者の優れた研究を読む。文献は、Hopwood, Nick, “Artist versus Anatomist, Models against Dissection: Paul Seiller of Munich and the Revolution of 1848”, Medical History\, 51(2007), 279-308.
医学教育を「流通する人体」の研究のひとつ。実際の死体が解剖教育に使われるようになった過程は、リチャードソンの名著を皮切りに、優れた研究が続々と現れて、研究が深まっている。この研究は、実際の死体に代わる、人体の彫塑というのか、模型製作というのか、とにかく立体的な代替物の製作者の研究。19世紀の中葉のミュンヘンで、ポール・ツァイラー(Paul Zeiller)という、人形制作者の詳細な研究である。もともと、貧民の死体を医学教育のために奪い取るという、貧民の犠牲の上に立った医学教育ではなく、精巧な立体モデルで代替すればいいという考えは、ゲーテも表明していたもので、ドイツ語圏である程度定着していたが、このツァイラーは、彼の人体医学模型がプロレタリアートの犠牲の上に立たない医学の進歩を可能にするという思想を、1848年の革命に重ねて表現した、とても面白い人物である。
この模型は、人体の骨格とか内臓とか大きいものをあつかう構造解剖学というよりも、病理模型、特に小さくて現物を保存しにくいものなどでよく使われたという。なるほど、そういう研究の入り口があったか。