人間表情の研究



必要があって、1862年に出版された人間の表情の神経学的・筋肉学的研究書を読む。文献は、Duchenne du Boulogne, G.B., The Mechanism of Human Facial Expression, edited and translated by R. Andrew Cuthbertson (Cambridge: Cambridge University Press, 1990) 

もともとはフランスの神経学者のデュシェヌ・デュ・ブーローニュが1862年に出版した書物で、当時はまだ珍しかった写真を医学に応用したもの。写真を100部ほど印刷して、書籍についていたアルバムに手で貼りこむという形式をとっていた。つまり、100部の限定印刷のようなもので、この書物は現在では非常にレアなものになっている。しかし、その影響は大きかった。もともと美術や演劇に貢献することを目標にしていた書物であり、ドーミエをはじめとする19世紀フランスのカリカチュアにも影響を与えたらしいし、それから、もちろん、ダーウィンの人間と動物の表情の研究にも大きな影響を与えた。

この写真は、顔の筋肉に電流を流して、ある表情を作り出したものを撮影したものである。神経学と顔面の筋肉の動きの医学研究を通じて芸術に貢献することを、デュシェヌはもくろんだ。医学と芸術と言えば解剖学が有名だけど、デュシェヌは、ギリシア・ローマ時代には解剖学はなかったけれども芸術は偉大だったという理屈をこねて、解剖よりも動きを研究することの方が重要であると主張して、自分の研究は芸術にとっての価値が高いことを論じる。顔の表情を作っているのはどの筋肉で、どのように変化しているのかということを記録して、絵画や演劇にとっての「顔の表情の正書法オーソグラフィ)」を確立したのがこの研究だという。

画像は、電極で表情を作った「マクベス夫人」と「優しい母親」