ADHD/リタリンの誕生

必要があって、ADHD/リタリンの誕生について論じた論文を読む。現代の論争では忘れられた歴史的な視点を発掘した、非常に優れた論文だった。文献は、Singh, Ilina, “Bad Boys, Good Mothers, and the ‘Miracle’ of Ritalin”, Science in Context, 15(2002), 577-603.

近年、子供の注意散漫と過活動が病理化されて、ADHDという名称がつけられ、それを治療するリタリンという商標の薬がアメリカで盛んに使われている。2000年くらいには男でいうと3%以上がこの診断をもらい、90年から96年にかけてリタリンの使用量は6倍になった。世界のリタリンの80%がアメリカで消費されている。

リタリンが導入されたのは1955年で、この時代は、スポック博士の育児理論の時代であった。子供の心と体の健やかな生育に、母親が重要であると考える姿勢の全盛時代である。そこでは「分裂病を作り出す母親」 schizophrenetogenic の像が描かれ、ヒトラーのような残虐な独裁者は、父親が第一次大戦で死滅した社会・家庭で形成された人格であるとされた。家庭と母親・息子の関係に注目する、ジェンダー性が強い環境で、リタリンは罪の意識を持つ母親たちに選ばれて離陸していった。このような文化の中で形成された科学的なオブジェクトではあるが、それが薬の化学的な作用や脳の働きなどの言説の中で社会性が覆い隠されて、現在ではリタリン誕生の社会性・ジェンダー性が見えなくなっているのである。

STSや医療人類学の現代社会研究に歴史の厚みを加えるにはどうしたらいいかというお手本のような論文。