トランスセクシュアリティの歴史


必要があって、20世紀のアメリカにおけるトランスセクシュアリティの歴史をまとめた書物を読む。文献は、Meyerowitz, Joanne, How Sex Changed: a History of Transsexualism in the United States (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 2002).

自分の生物学的な性と一致しないジェンダー意識を持ち、その不一致に苦しんでいる状態を、医学的に診断して患者としてとらえたときに、これを「トランスセクシュアル」という。治療方法としては、ホルモンを投与したりするのが一般的である。90年代のオランダでは、男性では12,000人に一人、女性では30,000人に一人がトランスセクシュアルへの対処としてホルモンを投与されている。しかし、これを有名にしたのはむしろ外科的な手術を伴ういわゆる性転換であった。戦前には、ベルリンのマグナス・ヒルシュフェルトの性科学研究所がこのような手術と研究の領域では世界の中心であったが、ナチスの政権掌握とともに、ユダヤ人であったヒルシュフェルトは亡命を余儀なくされ、彼の研究所の資料などは焼き捨てられた。

同時期のアメリカでは、トランスセクシュアルの現象や治療は存在したが、マイナーで散発的であった。しかし、戦後に研究と治療の体制が進展し、1952年にデンマークで性転換をして有名になったクリスティーン・ヨルゲンセンによって、この現象は非常に有名になる。1950年代のアメリカでこの手術が著名になったことの背後には、性差の原理の理解、技術の発展とともに、個人の属性を、「固いカテゴリー」としてとらえるのではなく、個人のヴァリエーションへと強調したものになった社会の価値観が存在した。

日本にくらべて、アメリカのセクシュアリティの歴史研究の多くは、成熟して安心して読めるものが多いという印象を持っているが、この書物も、史実をまとめてわかりやすく記し、文脈に適切に位置づけた、スタンダードな歴史書である。

ヨルゲンセンがデンマークから帰ってきたときのインタヴューの動画がアップされていた。あるいは心と体の不一致に悩む患者の治療であり、その悩みを解決した自己実現者としての側面というより、今の言葉でいう「セレブ」としての側面がより強く感じられる。衆人環視の舞台の中で自己の内奥のアイデンティティの実現をするという仕掛けが鮮明だと思う。