「空海 花ひらく密教宇宙」

芸術新潮』2011年8月号 は、<大特集「空海 花ひらく密教宇宙」>というタイトルで、これまで縁がなかった宗教思想を一般向けにわかりやすく説いた号で、いつもよりも熱心に読んだ。

7月20日から東京の国立博物館で東寺から仏像を持ってきた展覧会を開く。この数年で私が行ったものでは、阿修羅、薬師寺の日光月光、東大寺展と、このアイデアのものは非常にインパクトが強かった。賛否両論はもちろんあるのだろうけれども、もともとの宗教的なセッティングからいったん切り離して、博物館の中の一つの「作品」として経験することは、それを宗教の場に戻った状態で再び経験するときの深みを与えてくれると思う。

特に、京都の東寺の仏像群は、私の世代の西洋系インテリ(笑)には、取りつきにくい何かを持っているもので、あまり足が向かない寺だった。本誌で末木文美士という学者が書いていたが、明治維新以降、仏教の諸学派のうち、西洋のキリスト教、それもプロテスタントに近いものがエリートに高く評価される傾向が作り出されたという。つまり、一神教で、信仰のみが問題となり、呪術を用いない仏教が高く評価される。この基準で測ると、浄土真宗や鎌倉新仏教、禅宗が高く評価されることになり、それらの高度な宗教から分離されるのが、加持祈祷を用い、多神教的な色彩を備え、神仏習合を受け入れた密教であったという。