戦前の広告と男性精力の機械性


天野祐吉『嘘八百―明治大正昭和期変態広告大全』(東京:ちくま書房、2010)
天野祐吉というコピーライター・広告文化人がいて、『嘘八百』というタイトルで、近代日本のおかしな広告を集めた文庫本を編集していて、その中に、医学・薬系の新聞や雑誌の広告が数多く含まれている。これは学術書ではなくて、面白さを追求した本だから、気をつけて使わなければならないのはもちろんだけれども、センスがよくて、学者が読んでも面白い広告ばかりが集められている。

私が調べている病院の患者の症例誌に手淫と真空治療器の話が出てきたので、真空治療器の広告を見てみた。「東京新療法研究所」なる会社が作って、大々的に新聞などで広告していた「真空水治療器」という名称で売られている機械が一番近い。天野『嘘八百』176-7ページによれば、このように広告されている。

「先天的あるいは精神過労や不自然行為などのため、生殖器の発育不良短小不完全であったり、機能障害があっては、せっかく苦心勉学しても、他日妻を迎える資格なく、妻を迎えたとて、新婚蜜月の歓楽も失望に帰し、離婚問題が起こることになるから、生殖器発育不完全、機能障害であって泣かないものは腑抜けである。(中略)[しかし] 真空水治療器を、自分で秘密、簡単、安全に、一日一回わずかに五分間ずつ使用して治療すると、たちまち驚嘆すべき理学的真空吸引力により一回ごとに著しき発育が本器のメートルへ一回ごとに数字的に現れ、同時に神秘きわまりないエンツンデュング作用により、遺○、夢○、早○、陰○、局部性神経衰弱を復活して機能を着々強健旺盛ならしめ、費用少なく、時日短くて、しかも効果は満点的に弱小も強大化し、元気も溌剌となり人生が明るくなる」

この広告のコアは、機械性と結婚生活にある。この器械でペニスを刺激すること、真空が作られてペニスが強壮になり、発育がメーターに数字として表れるという部分は、ペニスが機械の一部になって測定されるかのようだし、「エンツンデュング」(発火)という表現は、まるで内燃機関を思わせる表現である。(後者は確かめなければならない。)これをサイボーグと呼ぶかは別にして、身体が機械と一体化するようなイメージを作り出している。

この機械的改善の結果、性器と生殖機能が強壮になると、将来結婚した時に、妻を性的に喜ばせて幸福な家庭を築くことができるという。夫婦の性的な満足が、家庭の安定と社会の安定に必須の条件であるという思想は、欧米では、たとえばマリー・ストープスの Married Love (1918)が象徴するように、一定の力をもった価値観として確立する。ストープスの充実した性生活の概念は、男性の強壮性よりも、性交以外の愛撫による対話と相互の満足に力点を置いているが、結果的な女性の性的な満足が重要であると考えている点では共有している。この価値観にもたれかかって広告したものである。(日本におけるこの価値観の普及については、調べてみなければならない。)

男性身体の機械性は、家庭という私的領域だけではなく、国家と産業ともつながっている。これは別の広告であるが、「神恵錠」という薬は、「国家産業の盛衰は国民精力の強弱に比例す」とうたっている。そして、ここでは人間という性的な機械は、産業と国家をささえるものであると説明されている。

「素晴らしい大産業の背後には常に偉大な大生産器官が轟々と運転している。この器官の背後には、強力な動力が絶えずエネルギーを供給している。雄大なる大事業の進展には絶えず強健な霊肉<精神身体>が活躍している。強健な霊肉の活躍は、強力な生殖腺ホルモンが支持している」

産業をささえている動力機関と、生殖腺がうごかす人間身体を、国家や産業をうごかす機械なのである。