夢遊病の医学と文学

Sadger, J., Sleep Walking and Moon Walking: a Medico-Literary Study, translated by Louise Brink (New York: Nervous and Mental Disease Monograph Series, 1920)

Moon-walking: noctambulism (somnambulism is not so good a term.) a person rises from his bed in the night, apparently asleep, alks around with closed or half-opened eyes, but without perceiving anything, but performs all sorts of apprently purposeful and often quite compicated actions and gives correct answers to questions, without afterward the least knowledge of what he has said or done. Vii

著者は、おそらく、イジドール・イザーク・ザジャー(Isidor Isaak Sadger)である。ザジャーは、ウィーンの医者でフロイトに学び、同性愛が主たる研究の対象であった。ユダヤ人であったため、1942年にテレジーエンシュタットの強制収容所に送られて死亡した。なお、この書物はリプリントされていて入手することができる。

前半の「医学編」は、合計八つの症例とその分析からなる。自分が観察した症例を五つと、実在した人物で、自伝に夢遊病の経験を記しているものを三つ。自伝の中には、解剖学者・生理学者のブールダッハのものも取られている。19世紀には自伝に自身の夢遊病を記すことが多かったのだろうか。後半の「文学編」は、ハインリッヒ・フォン・クライストや、オットー・ルードヴィヒなどの文学者の作品における夢遊病を分析している。文学編の最後は、シェイクスピアの『マクベス』を議論している。20世紀初頭に活躍したデンマークの作家Sophus Michaelis による Aebeloe (1895)という作品では、両手を前に伸ばして歩いているという記述があった。

著者の結論は、夢遊病は、性的・エロティックな性質を帯びており、夢と同じように、隠された欲望を実現することと深い関係がある。この欲望の背後には、幼少期の願望、特に両親のベッドに入って、欲望を持っている親と一緒に眠って性的な満足を得る経験がかかわっている、というものである。

著者のことを何も知らずにある書物を請求し、その著者の伝記情報を調べたら、強制収容所で死亡したことが分かったという経験は、生まれてはじめてである。私はもちろん戦後生まれだけれども、とてもシンボリックな経験だった。一言でいうと、とうとう「自分の時代」の歴史を研究しているんだという思いがした。身が引き締まった。