古屋芳雄と国防国家論

松村寛之「<国防国家>の優生学古屋芳雄を中心に―」『史林』83(2000), 272-302.
戦前の厚生省における人口政策や体力政策などにおいて中心的な役割を果たした重要な人物である古屋芳雄を取り上げた論文である。古屋の優生学・民族衛生学を、「国防国家」という概念の中に位置づけるという視点は大いに納得した。古屋が若いころは白樺派の文学者として活動していたという点に着目して、文学の世界で論じられていた近代の自己の確立が、民族の独自性の確立という方向に向かったという議論(おそらく、そのような議論であると思う)については、文学の世界と民族衛生の世界をつなげた議論を試みたのは面白く、結論も一つの面白い仮説であると思う。

この論文は、おそらく著者の若書きの原稿だろうと思う。申し訳ないが、一節を引用させていただく。

筆者はこの、「国防国家」の優生学という「科学」のうちにこそ、「近代」における一つの「正常」性が独自のかたちで「病理」―あるいは「特異」に思えるもの―として表出されていると考えている。

このセンテンス一つに、かぎかっこが六つ用いられている。私には、この六つのかぎかっこは、すべて、批判的な思考を阻害し、分析を深めるのを妨げる役割しか果たしていないように見える。かぎかっこを外したら、この文章をどのように書くべきなのか、それを考える機会を奪っている。