日本の戦争神経症(戦後のアメリカ精神分析との出会い)

W.C. Menninger and Munro Leaf, You and psychiatry (New York: C. Scribner, 1948)

ウィリアム・メニンガーはアメリカのカンサス出身の精神医学者で、著名なカール・メニンガーの弟である。軍事精神医学にかかわり、第二次大戦中のアメリカ軍の精神医学者として活躍した。詳細はまだ調べていないが、1945年の10月から12月にかけて、日本、中国、韓国、フィリピン、グアムなどを訪れた。日本の医師の記述によると、日本の軍事精神医学の拠点であった国府台病院を訪れたとのこと。日本の軍事精神医学は1938年以降に急成長し、府台病院の精神医学関連の部門は、設備的にも知的にも非常に高いものであったが、それはあくまでも日本の精神医療の水準の中での話であり、アメリカ軍の精神医学の権威からみると、みすぼらしいものに見えたと思う。

 

本書は、そのメニンガーが1948年に執筆した一般向けの精神医学書である。戦争の経験を通じて、兵士と一般人向けに書かれた精神分析的な精神医学の著作。精神分析の理論、パーソナリティの形成、イドとエゴとスーパーエゴなどの構図が非常にわかりやすく書いてある。この「わかりやすさ」の核にあるのは、「あなたの人生のなかで、あなたのパーソナリティがどのように形成され、現在のあなたの身の回りの状況がどのような問題となっているか」という説明であり、「自己」が核心とされていることである。自己を出発点にして個人とその問題、さらには対人関係や国家との関係を見る視点であると言っていい。このような精神分析の手法は、戦前・戦中の日本の精神病医たちが置かれていた、家族と共同体、究極的には国家と天皇を軸にした個人とその精神の位置づけとはまさに正反対であった。のちに九大の精神科の教授となった櫻井図南雄がメニンガーと会ってアメリカ軍における戦争神経症の治療原理を聴き、「日本の軍隊ではそれはどうしてもできなかった」と漏らしていることがよくわかる。

 

本書の最後の近くに置かれた一文は、この書物が説くような精神分析が戦後のアメリカで広く受け入れられたことを示唆している。

 

 

This book has been almost entirely about you and me.  In a sense it has been a narcissistic one because it has concerned just ourselves, and our interest in ourselves.  We hope it has been helpful in providing information that may prove personally useful.  (W.C. Menninger and Munro Leaf, You and psychiatry (New York: C. Scribner, 1948), p.167)