19世紀イギリスの「奇人」James Lucas と『ジェイン・エア』のロチェスター夫人

 
今日の Oxford DNB は James Lucas (1813-1874).  DNB で時々出てきて愛読されている「変な有名人」である。エントリーの職業項目は eccentric だから、まさしく「奇人」として人名録に採用されていることになる。
 
幼いころから数々の奇行をなし、現実の世界に生きているというよりも、自分の空想の世界で生きていた人物である。通常の仕事や社交はできなかったが、父親が富裕な商人で地主になったので、別に問題ではなく、自宅と自室に引きこもって過ごしていた。自室には25年ほど籠もり、そこから出ることなく過ごしたとのこと。もちろん変人で家族や隣人から孤立していたが、ディケンズが書いて有名人になり、死ぬとすぐに伝記が掛かれ、彼を記念したマグカップやティーセットが作られたという。イギリスの精神医学雑誌にD.H. Tuke が書いたメモワールがあり、DNBの記述も、ほぼこの回想に依存している。Tuke の回想は、現在の British Journal of Psychiatry で、当時の Journal of Mental Science に掲載されている。サイトは以下の通り。ちなみにDNBが引くテュークの回想の巻号数は一号ずれているので注意されたい。
 
Tuke, Daniel Hack. "The Hermit of Red-Coat's Green." The British Journal of Psychiatry 20, no. 91 (1874):  361-72.
 
 
色々な使い方ができる有名な奇人である。精神疾患かどうかについては当時から議論があった。私は、精神医療の場が家庭から精神病院に移行するときの様子を説するのによくこの事例や他の事例を使い、そのついでに『ジェイン・エア』のロチェスター夫人の話をはさむことにしている。精神病患者は、もともと患者の家庭で監禁され管理され勝手なことをしているのが当たり前である。19世紀は、精神病院に収容して医師が管理するというシステムが急速に進展していたが、富裕な階層では医師は脇役で家庭で管理するのがまだ一般的な原則であったと考えて良い。だから、富裕層向けの精神病院は、それが富裕層の家庭を模倣したり、管理する人材なども富裕層へのサービスの階層が提供していた。ルーカスの例は、変わり者が家の中に閉じこもって変なことをして悪名を高めていた例であり、ロチェスター夫人は、狂った妻が屋根裏に閉じ込められて、それがあまりうまくいかなくて吠えたり暴れたりしていた例である。