長沖先生と合同で行っている「ジェンダー論」という学部1・2年生向けの授業がある。現在であればジェンダー論を専攻で学んでジェンダー論を教える若い先生がたがたくさんいるのだろうが、長沖先生と私が20年ほど前に合同で「ジェンダー論」を作ったときには、そういう洗練の世界ではなかった。長沖先生は生物学の研究者、私は医学史の研究者で、そこからなんとかジェンダー論を作ろうという話で、どちらも学者としてジェンダー論を学んだわけではなかった。医学史の話でいうと、女性の患者や妊婦を分析することや、医師たちが女性に関する性の概念をどのように医学理論に導入したかを吟味することが重要な主題であったため、合同で二期分の授業を作ることは数年でなんとかなったテーマである。
その中で、割と初期に導入した同性愛に関する主題で、女性の同性愛も一つ入れようと思った事例が、アン・リスターである。これはイングランドはヨークの地主階級の女性で、19世紀の前半に活躍した人物で、記録上確かめることができる世界史上最初の女性同性愛者ということで名高い。史料も非常にソリッドで量も膨大であり、ユニセフの世界遺産に指定されたり、非常に充実したウェブサイトが続々と上がったり、2010年にBBCが彼女の人生をかなり正確に復元した90分のドラマ 『ミス・アンの秘密の日記』を作成されたりしている。15年くらい前にこの話題を授業に取り入れたときには、こういったものはいっさいなく、Helena Whitbread, I Know My Own Heart: The Diaries of Anne Lister 1791–1840 (Virago, 1988) という本だけで授業を作らなければならなかった。楽しい仕事ではあったけれども、現在のウィキペディアの情報やあちこちにある強力なサイトや情報を見ると、幸福だけど複雑な気持ちになる。肖像画については、必ず目にする茶色の服を着た肖像画は、21世紀に作られたリプロダクションであるということは、それが作り出されるよりも早く授業を始めたおじさん性の発揮である。ううむ(笑)
話のコアは、アン・リスターの日記である。彼女がつけた400万語ほどの膨大な日記があり、その六分の一くらいが暗号で書かれた女性との同性愛の記録であり、1980年代にとうとうその暗号を破ることができたという史実である。そのような史料の一部はネット上に公開されており、リスターの暗号を読むコードもネット上に公開されるので、読むときっと楽しいと思う。歴史の史実が当時つくられた暗号で書いてあるというのも良い話である。私自身も子供の頃に暗号小説ものが大好きだった。エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』はかなり好きな話だった。1980年代にサイエンティフィック・アメリカンなどで楽しい暗号の話を読んだこともある。そのサイエンティフィック・アメリカンに連載されていた暗号の話が何なのか、よく憶えていない。明日のジェンダー論の授業を少し手直しして、午後は時間があるので、暗号論の本を数冊買って午後の時間を過ごそうと思う。
以下サイトから引用したリスターの日記。1818年5月28日のエントリー。