元ナチスのSS隊員が戦後に論ずる優生学と人文学が混じった「馬鹿について」

 
Geyer, Horst et al. 馬鹿について : 人間-この愚かなるもの. 創元社, 1958.
 
ホルスト・ガイヤー(Horst Geyer, 1907-1958) はドイツの神経科・精神科の医師。遺伝を重視した優生学と人類学の学問を吸収し、カイザー・ヴィルヘルム研究所で研究を発展させていた。1939年にベルリン大学で教授資格論文を仕上げる。内容は当時のドイツや優生学でも取り上げられていたダウン症であった。それからナチスのSSの隊員となり、デュッセルドルフやウィーンで人種生物学、人種衛生学などを研究するメンバーとなっていった。戦時には精神科を担当する軍医として活躍した。終戦時に何があったのかよくわからないが、本書が書いているように、アメリカ軍やイギリス軍にとらわれたことは事実であろう。戦後は精神病院を経営する医師となった。
 
このガイヤーがベルリンにいた時期に、そこに留学したのが満田久敏(1910-1979) である。満田は京大医学部卒ののち、ベルリンのオイゲン・フィッシャーのもとで精神医学、優生学、人種衛生学などを学び、この時期にガイヤーとともになった。満田のキャリアはガイヤーとよく似ていて、京大の講師をしたのち、1943年から45年まで、ジヤワ・マラン州の邦人病院長をすることとなった。敗戦後にしばらくして帰国して、すぐには良い職にはつけなかったが、1953年に大阪医科大学の教授となる。
 
その二人がドイツの学会で出会い、抱擁したときにさまざまな思いを込めて話しが弾んだのだろう、その時に、ガイヤーが書いた書物 Ueber die Dummheit (1954) を訳すこととなる。この書物はドイツではちょっとしたベストセラーであり、第七版までは進んでいるという。日本でもかなり売れているようである。方向としては、ナチス優生学的な政策や精神病患者の殺害からは距離を置くが、優生学の立場というのは固く信じている。世界の諸文明の中でドイツが圧倒的に優れ、ドイツのギムナジウムラテン語ギリシア語を学ぶ方法も圧倒的に優れ、アメリカやイギリスよりもずっと優れているという思想も熱く語られている。
 
ガイヤーの記述はドイツ語の Wikipedia。2か月ほど慶應外語で習って、ドイツ語が少しずつできるようになりました。素晴らしいコースです!