教員として、院生やポスドクに対して、単著を著名な出版社から出し、学術論文を一流誌に書くことを勧めている。医学史はグローバルな学問性が増加するべきだから、英語の一流誌が多く、だから英語の医学史の国際的な一流学術誌に投稿するよう圧力を若手に掛ける。それが就職にもプラスだと考えている。この考えが根本から崩壊した経験はなかった。おそらく在職中はこの態度を保ち続けると思う。
しかし、これからの時代にどうなるかは、まったく見えなくなって不安である。ことにポイントになるのが、オープンアクセスの領域であり、早さの問題である。一流学術誌に論文が掲載されるためには、ものすごい量の査読が必要になる。 Science や Nature の自然科学系の議論になると、複数の一流学者に素早く的確なコメントを要求している。医学史ですら、かなりの量の査読をする。短くて半年、場合によっては数年の期間が、発見と出版の間に経過する。
この数年間の待機がなんの問題ないという人文社会系の学者もいるだろうし、それはまったくかまわない。しかし、速度の問題を多くの人文社会学者や歴史学者が経験している。研究の進展によって新たに事実が明らかになり、それも公開されなければならない。そうすると、投稿から公開が査読システム以外で行われ、かなりのスピードで行われるべきだということになる。もちろん、そのシステムが査読性を失うだけだと、掲載された論文はかつての一流誌が与えることができた権威も失うことになるだろう。