17世紀の家族の医療と調理

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muse.jhu.edu

Kowalchuk, Kristine. Preserving on Paper: Seventeenth-Century Englishwomen's Receipt Books. University of Toronto Press, 2017. Studies in Book and Print Culture.

初期近代のヨーロッパでは貴族や富裕な地主階級の女性たちが医療と調理に関する手書きのメモを作っていることが知られている。英語では Receipt Book という。数世代にわたって、ある家の女性たちの間でつながったり、母と娘の間で引き継がれたりすることもある。私が読んだ範囲では、フィセル先生が組んだ特集が素晴らしかった。2008年の BHMである。

この本は、素晴らしいイントロをつけて、3点のイギリスのレシピ本を再現した書物。きちんとした注もついている。お値段は Kindle だと2,300 円ほど。調理を記した文章はよく分からないが、この時期の女性が書いた民間療法や伝統療法の文章は、読んでいて落ち着く。西洋風のハーブが現在の日本でとても人気があるのは、私はよく分かります。

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本文はもちろん活字ですからご安心を(笑)ただ、表紙が使うように実際のレシピ本も読みやすかったです。

 

女性による家の衛生と医療の管理

Hughes, Kathryn. The Short Life & Long Times of Mrs Beeton. Fourth Estate, 2005.

家政学の一つとして、19世紀後半の家庭の女性、具体的には妻や母が、家の衛生と医療の管理に責任を持つという重要な現象が起きている。ここで責任を持つことが、医者の命令を聴くと同時に、家の中で力を持つことになるという古典的な説明がある。キャサリン・ヒューズによるイザベラ・ビートンという非常に面白い人物の非常に優れた伝記が書いていることは、次のような解釈である。

The science of household management, as formulated by Mrs. Beeton, offered women from the same modest backgrounds the opportunity to feel a sense of mastery as they presided over a household that ran like clockwork. 236

イギリスではそうだとしたら、日本でも、20世紀前半には同じことが起きたように思う。それは伝統療法や民間療法とも併存するできたことも可能であった。家庭の女性が、西欧医学、伝統療法(漢方薬)、民間療法を用いることができた。西欧医学では医師が、漢方薬では薬局が、民間療法では隣人や実家の母親や婚家の義母などが支えた療法であった。

イギリスでの伝統療法と民間療法の合体(笑)

Allen, David Elliston and Gabrielle Hatfield. Medicinal Plants in Folk Tradition : An Ethnobotany of Britain &  Ireland. Timber, 2004.
 
薬の話。伝統療法 traditional medicine と民間療法 folk medicine という二つの概念がよく分からない。伝統療法は、現代の実験でその効力が認められておらず、それぞれの文化の医療で長期間はぐくまれた薬物である。中国医学やアユールヴェーダがその代表である。ガレノス医学なども伝統療法に入る。総ての療法が、現代医学か伝統療法の二つに分けられればいい。しかし、ガレノス医学や中国医学の歴史の中で、テキストに書いていないものがある。代表的なものは葛根湯であり、これは中国医学のメジャーなテキストには入っていないが、人々は使っている。その意味で、これを民間療法に入れるべきである。人類学者が得意な呪術的なものも、民間療法に入れていい。
 
呪術と葛根湯が合体したものは民間療法に入れてもいい。一方、呪術と大黄(伝統療法で認められている)ものであれば、民間に入れてもいいし、伝統療法に入れてもいい。呪術とキニーネが結びついたものならば、キニーネは現代医学で認められているから、民間療法でも現代医薬でもある。これをキンチョーナという植物の皮にすると、民間療法か伝統療法になる。うううむ。
 
この本は、ガレノスやディオスコリデスといった伝統医学の正統派と、その後に人々が地方で行われている植物などの記録をあわせて、Folk Tradition にしたという構成になっている。16世紀から20世紀後半の、どこそこでこのような療法がおこなわれているという論文を数多く収集し、それの有効性を判断したものである。伝統と民間が合体すれば、それらの区別という面倒な仕事が入らないという理由で、Folk Tradition とする。素晴らしい(笑)。医学と植物学と人類学と哲学と歴史学の合体と言ってよい。

昭和20年代の医療費の分析

小泉和子. 家で病気を治した時代: 昭和の家庭看護. vol. 015, 農山漁村文化協会, 2008. 百の知恵双書.
 
しばらく前に買った書物。昭和期の家と病気に関して、イラストと優れた論考が並ぶ非常に面白い書物。都市と田舎の双方に関して論じている。その中で、東京の大田区の主婦が、1949年から1956年までの8年間に家計簿をつけており、そこで家族の医療費の合計ができる部分がある。息子たちが大学を卒業したり入学したりする時期だから、私の年齢を考えればいい(笑)
 
 
項目
金額(円)
近代医療
108,448
按摩、鍼、骨接ぎ
22,305
近代薬物
41,445
民間療法
9,815
 
東京に住み、書き手である主婦も女子大学を卒業し、息子たちがよい大学に入学しているところを見ると、中産階級の上層の部分と考えられる。按摩、鍼、骨接ぎと書いたが、これはほとんどが按摩。民間療法のほとんどは富山の売薬であって、生蛇を飲むとかそういう話ではない。出費でいうと、全体の6割が医師、2割が近代医薬(ペニシリンも服している)、残りの2割が按摩とマイルドな民間療法。
 

赤本と民間療法

築田多吉(1872-1958)は、近代国家の枠組みに沿って日本全国の民間療法を収集することができた。彼は、海軍の衛生兵であり、看護学の基礎を教わり、兵士の多くの外傷や疾病の救急の対応や介護を学んだ。主に海軍の病院の看護勤務を任せられたため、全国各地で看護の仕事をすることになり、そこからそれぞれの土地における民間療法を集めることができた。また、軍艦に乗務している軍人が、家族の病気や死のために家に帰ることが多く、その原因を考えると、家の主人である軍人が医療や民間療法の知識を独占している状況が分かったという。この状況をただすためには、軍人の家庭のメンバーが医療や民間療法のことを重点的に知らなければならない。築田は、京都の舞鶴海軍病院で、家族と連絡を取りながら軍人や家族自身の健康に貢献することを行った。
 
このような仕組みで家族の民間療法の全国版は、1925年に刊行されて、爆発的なヒットとなった。現在までに1500万部も売れたという。すなわち、江戸時代の政府が地方の植物を用いた療法を収集するのと同じ方法を、海軍の看護士であることを利用して再生産するという方法が1920年代半ばに用いられていることに注目しなければならない。
 
山崎, 光夫. 「赤本」の世界 : 民間療法のバイブル. vol. 206, 文藝春秋, 2001. 文春新書.

フェロモンとジェイン・オースティンの文学と日本の「何々」

www.bbc.co.uk

www.sciencedaily.com

 

BBCの In Our Timeというラジオ番組。三人の学者が集まって楽しい議論をする番組で、私が学術の場で英語で議論する練習をした大切な番組である。この番組自体は20年以上継続している。Wikipedia を見ると、1998年に始まり、現在まで840を超える数の番組を作っている。一つの番組は世界中で200万人が聴いているとのこと。日本にいて、英語でアカデミックな説明や議論をする能力をつけたいと思ったら、この番組が最高である。

前回の番組はフェロモンである。これもアリやハチやガが用いる化学物質として名高い。体外に出す外分泌物であり、内分泌と区別するためにエクトホルモンと言っていた。1959年にギリシア語の pherein (運ぶ)と hormao (刺激)が組み合わされてフェロモンという言葉が造られた。人間についても議論があるらしい。ぜひ番組を聴いてください。

さて、今日のポイントは、彼らが実験で明らかにされたパターンの名称に使っている文学の話である。フェロモンはメスがオスに対して単純に性的に惹きつけるだけではなくて、幾つかのパターンを持っている。その中で、マウスのオスが個性と好みを強調し、メスがそれに応えてフェロモンを出すパターンを見つけた。これがジェイン・オースティンの『高慢と偏見』の主人公のダーシーに似ているといって、それを「ダーシン」Darcin と呼んでいるという。これについては、きちんと説明している。音声でいうと25分のあたりです(笑)

そして、それに続けて「日本にちなんで何々」と説明しかけた部分があり、それを司会のメルヴィン・ブラッグが静止したこともあり、きちんと聞き取れない部分がある。この日本にちなんで作られたフェロモンの用語は、彼女たちが造ったのか、それとも日本の生物学者たちが考えたのか、知っている方は教えてくださいな。 

中欧・東欧の19世紀・20世紀の精神病院建設の歴史

academic.oup.com

 

しばらく前に買ったけれどもまだ読んでいない本が、雑誌で書評されてしまうという事件(笑)

書籍は中欧から東欧の精神病院の建築の歴史という比較的新しい領域。それを書評に仕上げているサラ・マークスは非常な秀才であり、素晴らしい書評になっている。日本の精神病院の建築の歴史に関しては、少しでも知っている人はあまり多くない。知っている方たちは、イタリアのフランコヴァザーリアを称賛する世界でも少数派の立場をとっている。実はここで取り上げられている精神病院のうち二つは、のちにヴァザーリアが医師として働く場所である。多くの日本の学者たちはヴァザーリアの貢献を評価する一方で、イギリスやヨーロッパでは、ヴァザーリア以前に何が起きていたか、ヴァザーリアの改革が何を失わせたのかもきちんと見ようという時代に入っている。モダニズムと政治がからみあう精神病院を分析した素晴らしい書物であるとのこと。私もしばらくは薬の論文を書いていましたが、これもそろそろ第一稿を仕上げることができるので、建築の書籍もすぐに読みます。 皆様も書評をお読みください。