公衆衛生 vs 栄養状態

 19世紀のイングランドの死亡率の低下に貢献したのは、栄養状態の改善なのか、公衆衛生の発達なのかという古典的な論争を「再訪」した論文を読む。
 「マキョウン McKeown のテーゼ」と呼ばれているテーゼがある。医学史の世界で、もっとも論議されたテーゼといえば、これ以外に思いつかない。19世紀の後半におけるイングランドの死亡率の低下は、臨床医学の治療力の向上のせいでもなく、公衆衛生の充実のせいでもなく、経済発展と栄養状態の改善によるものである、という主張である。この主張が最初になされた1950年代から60年代は、医学の進歩の黄金時代であり、その自信が過去に投影されていた時期であった。その時代に、医学や公衆衛生などの進歩は死亡率の低下に貢献しなかったというのは、当時としてはショッキングな主張だっただろう。非常に単純なデータセット(イングランドとウェールズ合計の死因統計)と、消去法という奇抜な方法に基づいているのだが、影響力も長かったし、1980年代末に批判が始まってからも、論争は意外に長く続いている。この論文は、膨大な量に達した、直接・間接にこの論争にかかわる文献を踏まえて、マキョウンのテーゼを「条件付で擁護」したものである。
 発達し洗練された論争であるから、非専門家から見て快刀乱麻を断つような議論が、そうそう出てくるわけではない。しかも、栄養状態という、直接測ることができない場合が大多数である要因が働いていたことを擁護する、というのだから、総じて慎重な、歯切れの悪い話にならざるを得ない。私自身、日本の疾病構造転換について、ここ数年間はこのような分析を正面きってしなければならないわけだが、これだけの複雑な議論に自分が分け入っていくのかと思うと、少し憂鬱になる。 
 結論の最後の言葉が印象に残った。「18・19世紀に、よりよい健康へと向かうためにイギリスが辿った紆余曲折は、21世紀に(健康状態を改善するために)他の諸国が目指さなければならない道ではない。」言われてみれば当たり前だけれども、こうもはっきりと「歴史に模範を取る」という正当化の仕方を否定されるのを見るのは新鮮だった。
 それから、McKeownこの人名をどう読むのか、そして、人名に見えるように表記するにはどうしたらいいのか、どなたか教えてください。翻訳書だと「マキューン」になっていますが。


文献は、Bernard Harris, “Public Health, Nutrition, and the Decline of Mortality: The McKeown Thesis Revisited”, Social History of Medicine, 17(2004), 379-408.