細菌学によるハエのスティグマ化(?)についての論文を読む。
先週と先々週の授業で細菌学革命の話をした。パストゥール、コッホ、血清療法などの一通りを教えたあと、やはり革命以前の衛生学と、細菌学の根本的な対立の話をした。「革命」の断絶よりも連続を強調するのが最近の研究の流れだが、まず基本を教えたほうが良い。
よく知られているように、細菌学は、古典的衛生学の立場からは、危険思想だった。道徳や美学と病気の連関を断ち切ってしまうからである。部屋にどんなに不快な悪臭が紛々としていようとも病気にはならない。どんなに清く正しい生活をしていても、目に見えない細菌をそれと知らずに吸い込んでしまえば病気になってしまう。病気を、日常生活の快不快・道徳律の規範から完全に断ち切ってしまうポテンシャルを細菌学は持っていた。<清潔>と<無菌>というのはまったくカテゴリーが違う概念だからである。古典的衛生学者はもとより、細菌学者たち自身も、そのポテンシャルを実現させる方向に進むことを選ばなかった。だから、不潔と細菌を媒介する何かが必要だった。昆虫学がその媒介を提供してくれる。特にハエがその役目を果たした。不潔なものから、細菌を運ぶ害虫としてハエを理解することで、衛生学と細菌学の亀裂は修復された。その結果、うるさい小昆虫だったハエは、死と病気の印、忌まわしい昆虫になる。
文献はNaomi Rogers, “Germs with Legs: Flies, Disease and the New Public Health”, Bulletin of the History of Medicine, 63(1989), 599-517.