本当は昨日からですが、新年度が始まりました。 今年度もよろしくお願いします。
必要があって、牧畜・農耕と健康の関係を論じた書物を読み直す。文献は、Cohen, Mark Nathan, Health and the Rise of Civilization (New Haven: Yale University Press, 1989).
狩猟採集経済の段階にあった人類は、牧畜農耕段階よりも健康であったという説を展開しているのが書物全体の主張である。食物の多様性だとか、初期農耕の不安定さなども理由になっているけれども、論拠の大きな部分は、牧畜農耕段階に入って、より多様な疾病にさらされるようになったということである。狩猟採集段階の人類がかかった病気といえば、怪我や、野生動物がかかる病気、そして一人のホストに長期間にわたって寄生できる病気であった。これらは、人間がかかる頻度が低く、また、あるホストから別のホストに感染することが難しいため、多くの犠牲者を出すことがなかった。「疫病」と呼ぶことができるような、大規模な感染によるヒトの疾病は、まだ存在していなかった。
しかし、牧畜農耕が始まると、人間は新しい生態系の中に身をおくことになり、それにともなって、人間と「共生」する疾病も増え、それらは異なった性格のものになる。まず、重要なことは「定住」である。定住は、人間がより頑丈で暖かい温度で保たれ、換気と日光の消毒効果を失った室内で暮らすことが多くなることを意味する。これは人間にとって快適なだけでなく、病原体や、それを媒介する動物(ノミ、シラミ、ネズミ、ハエ)にとっても快適な空間である。(食料の貯蔵はネズミなどをおびき寄せる効果もあった。)また、定住にともなって、人間の生活空間の近くに、糞便などの排泄物の蓄積が発生する。これは、ハエなどをおびきよせるとともに、腸内から排出された細菌や寄生虫が再び人間の体内に入る可能性を高めるものであった。定住によって、人間は、病原体と同じ生活空間を共有するようになるのである。言葉を換えると、人間が作り出したエコロジカルな空間は、病原体と媒介生物を招き入れるものでもあった。
食糧生産によって可能になった多くの人口が、密集し、しかも定住している体制というのは、マラリアを媒介する蚊にとっても、絶好の「餌場」であった。新石器時代とともに、マラリアは新しい興隆にはいると考えられている。
家畜は、人間の生活に益したと同時に、脅威ももたらした。特に重要なのは、家畜からヒトへと種を超えて感染する病気が現れたことである。家畜化された動物は、もともと群居する動物であって、その間には、動物から動物へと感染する病気が定着していた。家畜化と不自然な群居によって、病原体にとってのチャンスはより大きくなった。この感染症が、ヒトに感染するようになることは、病原体にとっては自然な戦略であった。
そして、最も重要なことは、ヒトの集団が大きくなると、ヒトからヒトへと感染できる病気が現れたことである。これらの病気は、おそらくもとはといえば動物の間の感染症であった。ウシや、インフルエンザで有名なトリなどである。ヒトの一つの集団が大きくなり、そして、それらの集団が、これまた定住が促進した通商によって結ばれることは、病原体から見ると、感染可能者からなる集団のサイズが大きくなることを意味する。すると、短期間で増殖し、ヒトからヒトへと感染する急性感染症の形をとる疾病が可能になる。麻疹や天然痘は、農耕・牧畜による食料生産能力の向上、定住による居住の安定、通商による広域の関係の形成など、文明の進歩が生み出した病気であった。
よく知られた話だが、この本が、私が知る限りでは最も丁寧にこの部分を書いている。それはそうと、日本においては、狩猟採集経済の段階からすでに定住が始まっていたけれども、これは、どのように働いたのだろう?