書評を依頼された明治期日本の医学写真の写真集を読む - というか、眺める(笑)。
私は寡聞にして全く知らなかったが、九段に成山画廊という現代美術の面白い画廊がある。その画廊が所有する明治期日本の医学写真のコレクションが、スイスの美術出版社から出版された。医学史の研究者がきちんとしたリサーチをしたわけではないから、この写真の来歴について学問的な情報は少ないが、最低限のことは分かっている。岡山―広島を中心として取られた写真である。写真家は、Tsutomu Ota という名前の、岡山で写真館を営んでいた人物。この人物が取った写真は、1890年代から岡山の医学校の教授たちが『芸備医事』に論文を書くのに使われている。この写真の所有者だったのは越智一(いっかく)は、1895年に岡山の医学校を卒業している。 (医学史家なら、条件反射のように秦佐八郎と同期であると付け加えるだろう。)越智は、軍医を務めたあと1917年から1930年に没するまで広島市で開業していた。彼がこの写真のコレクションを手に入れた経緯は分かっていない。イントロダクションを書いているAnna von Sengerの、教育的なマテリアルとして岡山での学生時代に手に入れたのだろうという説明は、どんな状況を想定しているのかよく分からない。
全体で365枚ある写真の中から、150枚程度が選ばれて本書に採られている。本書の写真は、重い皮膚病や、悪性腫瘍、畸形の写真が中心である。こういった写真を悪趣味という人もいるだろうし、差別的だと思う人もいるかもしれない。特に後者に関しては、そのうち日本の歴史家たちの間で大議論がされるだろう「遡及的プライヴァシー」の問題とも絡む難しい問題であり、私には、いま発言する準備はできていない。しかし、この写真集は私にとって本当に衝撃であった。何よりも、つい100年前まで、人間の身体のインテグリティがどんなにもろいものであったのか、病気によって身体がどれだけ徹底的に破壊されたのか、月並みだが、百聞は一見に如かずとしか言いようがない。
文献はNaruyama, Akimitsu ed., The Dr. Ikkaku Ochi Collection (Zurich: Scalo, 2004). Gallery Naruyama のHPは、http://www.gallery-naruyama.com/ この写真の展覧会については、http://www.gallery-naruyama.com/exibition/kikei.html# をご覧ください。