『ドラキュラ』

 来年の授業の準備で、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』、そして同書の優れた解説書・研究書である武藤浩史『「ドラキュラ」からブンガク』(東京:慶應義塾大学出版会、2006)を読む。アカデミックに信頼できる翻訳も出ているようだけど、入手しやすい平井呈一訳の創元推理文庫版で読んだ。

 「医学と文学」というテーマの演習なら、『フランケンシュタイン』と並んで『ドラキュラ』は外せないだろうくらいの単純な考えだったけど、こう久しぶりに『ドラキュラ』を読んで見ると、何を教えればよいのか、意外に難しい。授業のヒントを求めて、洗練された文学研究者の武藤さんによる『ドラキュラ』の優れた解説を読むと、テキストの奥深さが見えるだけに、どうやって授業を組み立てればよいのか、かえって分からなくなってしまった(笑)。

 いくつか、漠然と考えたことを。あまりにベタだから武藤さんは書いていないけれども、この小説が「感染」のテーマを持つことは明らかである。<吸血鬼>というのは慢性の感染症であることがことさらに強調されている。この小説が怖い一つの秘密は「感染性」にあるような気がする。言葉を換えると、太古からの迷信が、19世紀末の医学の装いをまとわされて、ホラー小説に仕立てられている。登場人物の一人であるファン・ヘルシング教授が体現する<医学>というのは、一方では謎を解く文明の光を象徴する。なぞめいた被害者の振舞いの原因を解き明かし、問題を「診断」して病因を同定し、最後には吸血鬼と闘って打ち勝つ学問である。(病理学と診断学と病因論と治療学と予防論の全てを忠実になぞっている・・・笑)。それと同時に、古い民間信仰を、現実感をもってヴィクトリア朝のロンドンに蘇らせるための仕掛けという役割を医学が果たしているような気もする。うまくいえないけれども、たぶん武藤さんが書いている、この作品の二重性のようなことと同じようなことが、医学にもあるというようなことを、手探りで言おうとしているのだと思う。

 『ドラキュラ』はつい数日前もBBCでドラマ化された。そこでは、梅毒を病むがゆえに結婚を完成させることができない貴族が、ドラキュラ伯爵を呼んで治療を頼むという設定になっているそうだ。
http://www.bbc.co.uk/drama/dracula/abouttheshow.shtml

 今年最後の記事です。訪問して読んでくださった皆さま、コメントを下さった皆さま、本当にありがとうございました。 来年もよろしくお願いします。