必要があって18世紀フランスの地方新聞の健康関連商品の広告を分析した、視野がとても広い優れた論文を読む。文献はJones, Colin, “The Great Chain of Buying: Medical Advertisement, the Bourgeois Public Sphere, and the Origins of the French Revolution”, American Historical Review, (1996), 13-40.
ハーバーマスの公共圏の概念を医学史に使った論文である。私自身も、イギリスの精神医療の歴史を考えるときには、フーコーやフェミニストのものと並んで、ハーバーマスの概念が大きなインスピレーションになった。この論文は、ハーバーマスをもっと直接的に使って、商人などのブルジョワジーが中心になって発行した数多の地方新聞の広告、特に医薬広告を分析したもの。これらの新聞は、ジョーンズによれば、アンシャン=レジームの階層的な社会の規定から自由な空間を作り出していた。むろん、比較的裕福で新聞を購読したり、そこで広告されている商品を購入したりする消費行動に参加できるものに限られているが、出自や身分によって制限がなく、可処分所得と文化的な嗜好だけがこの空間に参与するための原理であった。
このような場で提供された商品の多くは、その購入によって現世での「健康」を手に入れるための手段であった。医薬品はもちろん、食品、飲料品、化粧品、家具やさまざなな施設(入浴設備など)が、「健康」を謳っていた。そしてここには、de facto で、非正規の医者や医薬品などが認められていた。医者の専門技術団体の規制や権威から離れて、さまざまな医療が提供される自由で開かれた空間がブルジョワジーによって形成されていた。有名なメスメルの動物磁気治療もこの空間で営まれていた。
これがフランス革命とどう関係するかというジョーンズの議論は、ちょっと専門的過ぎてフランス革命の研究史を知らない私にはよく分からない。しかし、この視点はポーターのそれと並んで、健康商品広告の研究を大きく進歩させるものである。特に日本の医学史研究者による健康商品広告の分析は、「こんな面白くてヘンな広告があった」という好事家的な関心の域を出ていない。あるいは理論的分析と称するものも、「脳に効く健脳丸という薬が売られたことは西洋医学の身体観が広まったことを意味する」とか、対応に途方に暮れる議論が多い。ジョーンズたちの視点を工夫して使った本格的な研究が現れる期は熟しているのに・・・と文句を言っているよりも、自分でやるべきなのは分かっているけれども。