『糞尿譚』

 必要があって火野葦平『糞尿譚』を読む。

 昭和12年下半期の芥川賞を受賞し、筆者の出世作になった作品。九州のある町(解説によると若松だそうだ)の落ちぶれた家に生まれた男が、財産を担保にして汲み取り業をはじめる。トラックを買い込んで、それでし尿を集めて料金を取ると同時に、農家に売りさばく事業である。市の補助はあてにならず、客はなかなか料金を払ってくれず、事業はうまくいかず、周囲にさげすまれ、朝鮮人部落の類似業者にいやがらせを受けるが、それらに耐えながら「いまに見ておれ」という一念だけが彼を支えている。と言っても、焼酎を一杯飲んで、明るい話を持ちかけられたりすると、それだけで幸福になる人物でもある。

 政治の話、女の話、金の話とか色々あって、彼の生涯の事業である汲み取り業はついに市に買い上げられることになるが、その代金のほとんどは政治家やその娘婿などに行ってしまう。生涯の事業が何にもならなかった失意の彼だが、ラストは、嫌がらせを続ける朝鮮人部落の住民に糞尿を柄杓ですくって撒き散らし、自分も糞尿を雨のように浴びながらも、初めての勝利と自分の力に酔うというハッピーエンドである。

 日本の公衆衛生でし尿の処理が大きな論議を呼んでいた時期に書かれた作品で、公衆衛生、し尿処理の市営化と政争、朝鮮人部落、妾と囲いものの問題と、カルスタ系医学史のテーマだけから構成されているような、信じられないほど<おいしい>作品。まだブレイクしていないとしたら、このテキストは早い者勝ちですよ(笑)。