「長いルネッサンス」

未読山の中から、雑誌Osirisの1990年の特集号のイントロダクションを読む。文献は、McVaugh, Michael R. and Nancy G. Siraisi, “Introduction”, Osiris, 2nd ser., 6(1990), 7-15.

 正直言って、中世の医学史を教えるのが苦手である。ガレノスやヒポクラテスといった古典古代の優れた医学者たちの著作の多くは、ヨーロッパでは一度失われてアラビア語圏の文明で保存され、12世紀にサレルノの医学校などへ再導入されたということは授業でも話す。しかし、そこからルネッサンスの解剖学へと300年間を飛んで話してしまうのが、たぶん中世を専門にしていない多くの医学史家が教える入門的な通史だと思う。

 この雑誌の中世医学史特集号は、そういった「不当な無視」を正すための特集である。冒頭からいきなり、私のような不勉強な学者が糾弾されているということが分ったから、身が縮まる思いで読んだ(笑)。 

 話のコアは、中世の医学は、当時の大学などで教えられ研究されていた学問の中で、特殊な事情を持っていたということである。ヨーロッパでは11世紀以降に、医学は教養ある専門知識としての地位を確立した。先にも触れたように、アリストテレスを初めとする古典古代の優れた学問の成果が、アラビアからヨーロッパへ再輸入されたことが、メディシンを「学問」の一つにした。これらの学問の中で、法律学や神学、あるいは哲学と異なり、ひとり医学だけが、「フィジカルな側面」を持っていたという。それらは、人体の変化という、具体的な事物に生じる現象であり、その現象に介入していく営みであった。それゆえに、医学は権威と経験、理論と実践、普遍と個、思弁と技術などの、ヨーロッパの学問にとって根本的な問題を、他の学問よりも先鋭に突きつけられることになる。これらの問題に中世の医学は取り組み、その知的努力の延長にルネッサンスの医学の開花を見ることができるという。この論者たちは、12世紀から16世紀の医学史を「長いルネッサンス」として理解しようとしているのである。

 なるほど。目からウロコが落ちて、どうやって中世を教えたらいいか、大筋は分った。肉付けするのには、まだ時間が掛かると思うけれども。