パラケルスス伝・2

必要があって、種村季弘パラケルスス伝を読む。文献は、種村季弘パラケルススの世界』(新装版、東京:青土社、1986)

ドイツ文学者の種村季弘パラケルスス伝は、1974年から二年間にわたって『現代思想』に連載されたもので、日本人の手になる科学者・医学者の伝記の中では、知的な水準がもっとも高いものの一つだろう。記述のかなりの部分、特に史実に関する部分は、種村自身のリサーチの結果ではないという欠点はあるけれども、これほど「面白い」伝記はないだろう。その「面白さ」を作っている要素の一つは、確かに流行という側面もある。特に、薔薇十字会や錬金術・神秘主義の秘密ネットワークとのつながりを示唆した箇所の知的興奮は、いま読むとかなり色褪せて見える。(告白すると、20年以上前に読んだときには、この部分がかなり面白かった。)しかし、ピコ・デラ・ミランドラなどのプラトニストの思想家たちとパラケルススの繋がりを論じた箇所、ハンガリーなどの東欧の民衆文化とパラケルスス医学のつながりを示唆した箇所、パラケルススを主人公にした民間伝承(すでに存在した錬金術師についての伝承の主人公にパラケルススが据えられる)の分析などは、専門家から見ればどうなのか分からないが、私のようなパラケルススの初学者には十分読み応えがあるものだった。特に、今から30年以上も前の著作ということを考えると、改めて若き日の種村の力量を再確認した。