錬金術と化学


必要があって、錬金術と化学の歴史を一般向けに解説した書物を読む。文献は、Moran, Bruce T., Distilling Knowledge: Alchemy, Chemistry, and the Scientific Revolution (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 2005).

一般向けの本ということもあって、本全体の大きな主張自体は、特に目新しいものではない。化学と錬金術を、相容れないもの・正反対のものであって、前者が後者に打ち克って近代化学が生まれたと考えるのはあまりに単純化されたものの見方で、現実の歴史では、両者の境界は非常に曖昧だったという説は、研究者からすると新鮮味に欠ける。しかし、細部の具体的な記述が素晴らしくて、錬金術と化学の日常生活における必要性が手に取るようにわかる。16・17世紀には、金属細工や絵具など、化学的な手続きを用いなければならない日常生活の営みが増えていた。薬の有効成分を取り出したりするのに必要なアルコールも蒸留によって作るものであった。美容クリームや化粧品などの豊かな女性の必需品も、蒸留などの化学的な操作がないと作ることができなかった。すなわち、職人的な技術においても、家庭的な技術においても、錬金術・化学の技法は広く共有されていた。パラケルスス主義が受け入れられたというときに、その神秘主義というか自然哲学・宗教の部分を受け入れるという側面と、社会にすでに広まっていた化学的な操作を医学に積極的に取りこもうという二つの側面があったことになる。

画像は本書より。17世紀のイギリスの家政書『できる女はここが嬉しい』(Accomplished Ladies' Delight) から、家庭における蒸留操作。