『香水辞典』

必要はなかったけれども、『香水辞典』を買って眺める。文献は、Luca Turin and Tania Sanchez, Perfumes: the A-Z Guide (London: Penguin Books, 2009)

著者のルカ・チュリンは、かつてはロンドン大学の神経生理学者で、第一線の嗅覚の研究をしていたが、いろいろな事情があって(『匂いの帝国』という書物に書いてある)、科学者というよりも物書きになって、匂いについてのライターとして大成功している。この『香水辞典』は、現在売られている香水についてのレヴュー集である。「かんきつ」「フローラル」「ウッディ」というような素材を並べる仕方を使わないで、香水を的確に表現することは、とてつもなく難しいことである。チューリンがもともと研究していたのは、人が嗅覚をもつときに、他のどの感覚に重ねて理解しているかということだから、なにがしかの科学的な根拠らしいものをともなって香りを言語化する仕事は、チューリンにうってつけである。それに、ラテン系らしいパナシェというのかな、威勢よく断言して絵になるキャラクターである。たとえば、「罪をおかしていない、レモンの香りをおびた朝の光」というのは、ディオリッシモを表現するときの彼の言葉である。全編、だいたいそんな感じである。

チュリンが本を書いてそれがベストセラーになってから、人々が香水や香りを表現する語彙が、大胆になり、跳躍が長い比喩を使うようになったという印象を私は持っている。たとえば、「モダン・デザインの雑誌で見るようなインテリアの部屋を思わせる香り。ロフトに白いキューブとステンレスのパイプが走っているような。」これは、チュリンのアクア・ディ・ジオの記述。これは、科学というよりむしろ文学といったほうがいい印象論的な批評のように思われるかもしれないし、その可能性はあるけれども、チュリンは、このような説明がなぜ「はまる」のかということを研究していた第一線のサイエンティストだったから、この説明がはまるのかなとも思う。