『病が語る日本史』

必要があって、酒井シズ『病が語る日本史』(東京:講談社学術文庫、2008)を読む。

古代から現代まで、日本の病気にまつわるエピソードをふんだんに使って一冊にまとめた書物。この業界の第一人者であるだけに、エピソードはどれも着実で的確なもので、読んでいてとても面白く、このジャンルの書き物の中では傑出している。ただ、医者が読んで面白いエピソードの羅列を超えて、私たち新しい世代の医学史研究者がヒストリオグラフィと呼ぶものがあるかというと、やっぱりそれはない。

一方で、人文社会系の背景の医学史研究者が、コレラ、ペスト、結核、ハンセン病、そして精神病・神経症などの特定の病気に偏っているのに対して、医学系の医学史研究者である著者は、それ以外の病気をカバーしているという大きなメリットを持っている。特に、寄生虫の章と赤痢の章は、読み応えがあった。

その中で、寸白(すばく)について。中国医学では回虫のことを寸白といい、あるいは長さ四丈から五丈に及ぶような条虫も寸白といっていた。それが、平安時代には体が腫れることを寸白といい、また婦人病の総称も寸白であったという。『今昔物語』に出てくる話によれば、全身が「ゆふゆふ」に腫れて(この言葉は、少し前に記事でとりあげたことがありましたね)、歩くのも不自由な女がいて、都にきて名医に見てもらう。名医は女を見ると一目で寸白であると診断して、配下の医師に命じて女の体から白い麦のようなものを引き出した。白い麦のようなものはどんどん出てきて、柱に巻きつけると、七尋から八尋(約12メートルから14メートルくらい)の長さになった。すると、女の体の腫れがひき、人並みの体になったという。

『今昔物語』の中の話によくあることだけれども、似たような構造の話を、どこかで聞いたことがあるような気がする。