農村の栄養調査

必要があって、石川県で行われた農村の栄養調査の報告を読む。文献は、村上賢三「石川県下一農村の栄養調査」『金沢医科大学十全会雑誌』34(1929), 759-794.

大正・昭和期の日本の医学の性格がいまいち良く分からない。一方で、産業化して急速に変化する社会が健康に与える影響を調べ、文明が身体と精神に与える弊害を取り除くという主題がある。これは、近代文化の影響が最も明らかに現れる都市とその住民を対象にした、ノスタルジア的な健康モデルを掲げることが多い。一方で、同時期に農村の衛生問題も取り上げられ、こちらは、農村の「遅れ」が問題にされるような印象を持っている。

この調査は、能登半島の西の付け根のあたりにある、石川県の羽咋(はくい)郡の上甘田村・柴垣区の178戸・974人を対象に行った栄養調査である。柴垣区は農業を主とする地区で、144戸は農業を営んでいる。うち54戸は漁業と兼業である。この地区は、一般に健康地とされる立地であるにもかかわらず、死亡率は比較的高く、その理由が分からなかった。そこで、金沢医科大学(現在の金沢大学医学部)が、この村のある地区を選び、村役場と小学校職員を通じて村の主だったものに調査の趣旨を説明して1928年の4月から5月にかけて、村を一戸一戸訪問して食事について質問して得たデータを集計したものである。

だいたい65%が米と麦を混食していて、米のみは30%である。この米と麦を混食する割合は、他の地区の調査だと40-90%くらいだから、この地区は特に貧しいわけではない。合計して荒っぽい平均を求めると、一人一日米を3.4合、麦を0.4合、合計で3.8合食べているという。この熱量・タンパク質の量を計算すると、それぞれ1976カロリー、44.6g、吸収量でいうと 30.2g となる。(この吸収量という概念がちょっとわからない。)これは、純粋に必要な栄養量を満たすということでいうと、なかなかの数値で、安静あるいは軽い労働に必要な一日の栄養の熱量でいうと92%、タンパク質でいうと37.8% をまかなっているという。別の調査でも、日本人の栄養の8-9割は米飯より得ているという結果がでている。副食についても、この地域は、そんなに悪い結果は出ていない。朝は漬物と味噌汁が一般的であり、昼、夜には、ほとんどの世帯が魚類と野菜などを取っている。