『近代日本の農村的起源』

もっとずっと前に読んでおかなければならなかった著作を読む。明治維新以降の急激な近代化の成功が、徳川時代の日本の農村に多くを負っていたことを論じるときには必ず引用される文献なので、読んでいないのに内容を理解したような気になってしまっていたが、実は読んでいなかった。文献は、トマス C. スミス『近代日本の農村的起源』(東京:岩波書店、2007)

最終章から断片的に引用する。

歴代の軍事支配者にとっての統治上の問題は、通常武士家族を頭にもつこうした局地内の安定した権力機構を脅かしたりするのではなくて、行政上徹底的に利用することであった。この問題の解決に比類ないほどの成功をみたのは、徳川幕府であった。徳川幕府は、武士団を農村から引き払わせたあとで、村落に並はずれた自治を許した。そしてこの処置が、この国に二世紀半にわたる平和と、かつてないほどの民衆の福祉と法治をもたらしたのであった。けれども、村落の自治当局と上位の権力のあいだには、最終的な均衡などはありえなかったし、また徳川体制の力の根源はまた潜在的に、弱さの根源となりうるものを含んでいた。権力は、もはや容易に取り戻せないほど大幅に下部に委譲されてしまったのである。この体制の機能は驚くほどよかったけれども、すべては、農民の変わらない忠誠心と規律にかかっていた。

国家を支配する地位にあった諸集団には、できるかぎり正統思想を支持するよりほかに道はありえなかった。そうしなければ、自分たちが権力を独占しつつ、産業化と帝国建設を強行するという矛盾に満ちた現実が、社会的に是認されることはありえなかった。

日本の農民は市場経済にまきこまれたというのは程遠い状態に停滞し、そのために経済関係のきわめて大きな領域が、商業的価値によって浸透されることなく、慣習にしばられた社会集団のなかにいつまでも埋没したままにおかれた。315-316.