中西進『狂の精神史』

中西進『狂の精神史』(1978; 東京:講談社文庫、1987)
著名な国文学者による「狂」を論じた評論である。文学研究のプロが見たらどう思うのかは分らないが、私のような門外漢が楽しく読む分には素晴らしい書物だと思う。
 しかし、この書物が書かれた昭和53年の刻印を明確に持っていて、それが、大時代的な言葉づかいに引きずられて、概念装置もなにもなくなってしまっていることである。「現代人の精神は秩序の中に収まりすぎている。そのゆえにすべてに狂気が瀰漫した。見せかけの狂者ははびこり、妙に腐蝕して混濁した安寧の中に、とぎすまされた<狂>は行方を失ってしまった」という「あとがき」のセリフは、その好例である。このような大袈裟でおどろおどろしい精神異常についての問題の語り口がどこから出てきたのかよくわからない。私自身が、学生時代はこういう言葉に近いものを使っていたことを考えると、まがい物フーコー主義だったのかしれない。また、精神分裂病については、精神科の医者たちが、畏怖の念に近い感情を込めて書いていたことも関係があるのかもしれない。あるいは、革命の雰囲気の中の反理性主義が、非理性に憧れを持たしめたのかもしれない。いずれにせよ、こういう言葉づかいや概念装置めいたものは、冷静な歴史研究をむしろ妨げてきた部分が大きいと思っている。
 それを言った上で、この本は豊かな素材と興味深い分析ゆえに、手元に置いておかなければならない本だから、買うことにした。