Entries from 2012-06-01 to 1 month

多田鉄之助『蕎麦漫筆』

今日は無駄話。私は蕎麦が好きな人間だと思う。といっても、総じて趣味や道楽がない人間だから、有名店を食べ歩くとか、食べただけで産地がわかるとか、特別なこだわりがあるとか、そういった「通人」らしさとは無縁である。日頃は学者をしていて、普通の人…

『木村蒹葭堂―なにわ 知の巨人』

大阪歴史博物館『木村蒹葭堂―なにわ 知の巨人』(京都:思文閣、2003)大阪の酒造家で町人学者であり、同時代の多くの文人や学者と交流があった木村蒹葭堂の没後200年の特別展の図録を読んだ。ふうん、こういうものなのか。以下は、大阪市立自然史博物館のサ…

ローゼンベルク『理念の形成』より

アルフレート・ローゼンベルク『理念の形成』吹田順助, 高橋義孝訳(東京:紀元社、1942)「ドイツの信仰の自由について」346-361この小論は、教会との複雑な闘争の一部であるが、そこで、精神病患者と精神障害者が論じられているのでメモした。ローマ教会が…

ナチズムと寄生―体質のメタファー

アルフレート・ローゼンベルク『理念の形成』吹田順助, 高橋義孝訳(東京:紀元社、1942)「異人種の行動としてのボルシェヴィスム」362-376ユダヤ人が作った思想であるボルシェヴィスムが、なぜロシア‐ソ連に受け入れられたのかという問題を、ローゼンベル…

ユイスマンス『彼方』

ユイスマンス『彼方』田辺貞之助訳(東京:創元社、1975)J.K. ユイスマンスが悪魔主義を扱った小説を読む。出版されたのは1891年で、当時流行していた心霊主義や神秘主義について豊かな情報を持っている作品であり、いわゆるオカルトの問題と交差しながら発…

外科の上昇(2)

一方で、ドイツでは、19世紀には、かつての床屋外科と、大学で教育を受けた外科は、並行して存在し、床屋外科が消滅したのは19世紀の末であった。その過程において、床屋外科として訓練を受けて出発した外科たちが、大学が提供する教育機関からさらに教育を…

初期近代における外科の上昇

中世から近世にかけてのヨーロッパの医学の歴史における外科学の変化をまとめて書いてみた。参考にしたのは Medicine Transformed の Schlich の記述。外科の歴史というのは、総じてテクニカルな進歩の羅列になってしまいがちだが、シュリッヒの記述はいつも…

内村祐之編『癲癇の研究』

内村祐之編『癲癇の研究』(東京:医学書院、1952)昭和27年の5月に九州大学で行われた精神神経学会は、「てんかん」がシンポジウムの主題として選ばれた。このシンポジウムは非常な盛況であり、内村は「我が国における現時の癲癇研究を一堂に集中した」と自…

個人の生権力と人口の生政治

Fassin, Didier, “Another Politics of Life is Possible”, Theory, Culture, and Society, 28(2009), 44-60.久しぶりに出会った傑出した生権力論の論者で、なおかつ方法論的にシンパシーを感じる論者である。これまでこの論者の仕事を知らなかった不明を恥…

栄養学と身体と食品産業

Scrinis, Gyorgy, “On the Ideology of Nutritionism”, Gastronomica, 8(2008), 39-48.食品を、その<栄養>を中心的に見る考えを「栄養主義」と名付け、その栄養主義がこんにちの社会において機能するメカニズムを考察し、特に食品産業との連関をスケッチし…

マクロビオティックスと流動する本質としての身体

Crowley, Karlyn, “Gender on a Plate: The Calibration of Identity in American Macrobiotics”, Gastronomica, 2(2002), 37-48.マクロビオティックスは面白い道をたどって現在に至っているライフスタイルでありダイエット思想である。もともとは、西洋医学…

新村出と柳田国男

菊地暁「<ことばの聖>ふたり―新村出と柳田国男」横山俊夫編『ことばの力―あらたな文明を求めて』(京都:京都大学出版会、2012), 3-36.いただいた論文を読む。「広辞苑」の編者として著名な新村出と、民俗学を作り上げた柳田国男の二知の交流と共有につい…

「土居珈琲」から本をいただきました

土居陽介『珈琲焙煎士のぼくが珈琲に教わった大切なこと』「土居珈琲」という、コーヒー豆を売っている通販のお店があって、このお店のコーヒーを飲んだときに、まさに目からうろこが落ちるような思いをした。それ以来、ずっとこのお店からコーヒー豆を買っ…

ドイツの精神医学史の新しいセンター

Zellers, Albert, Albert Zellers medizinisches Tagebuch der psychiatrischen Reise durch Deutchland, England, Frankreich und nach Prag von 1832 bis 1833, Gerhart Zeller (Hrsg.), 2 vols (Zwiefalten: Verlag Psychiatrie und Geschichte der Muens…

イギリスにおける心理療法の形成

Jones, Edgar, “War and the Practice of Psychotherapy: The UK Experience 1939-1960”, Medical History, 48(2004), 493-510.イングランドの心理療法の制度的形成の話。心理療法の歴史というのは、心理学者や心理療法の専門家たち、あるいは心理療法に肩入…

アルツハイマー病とDSM-V

http://bit.ly/NzSUxF精神医学の歴史のブログで、アルツハイマー病をめぐる発展についてのジェシー・ベラジャーのコメントを読んだからメモした。20世紀の初頭に発見された「アルツハイマー症」は、臨床的に観察される症状と病理検査でわかる脳の変化を結び…

アイルランド兵のシェルショック

Bourke, Joanna, “Effeminacy, Ethnicity and the End of Trauma: The Suffering of ‘Shell-shocked’ Men in Great Britain and Ireland, 1914-39”, Journal of Contemporary History, 35(2000), 57-69.第1次大戦の兵士たちに大量に発生した「シェルショック…

新しい医学史レファレンス

Jackson, Mark, ed., The Oxford Handbook of the History of Medicine (Oxford: Oxford University Press, 2011).オクスフォードから出た医学史のハンドブック。1990年にラウトレッジから出た Bynum and Porter, Companion Encyclopaediaから20年ぶりに出版…

『カーマ・スートラ』新訳

Vatsyayana, Kama Sutra: A Guide to the Art of Pleasure, translated by A.N.D. Haksar (London: Penguin Books, 2011). 『カーマ・スートラ』の新しい英訳が出たので、読んでみた。いわゆるバートン訳と言われる1883年に出版されたものが英訳では有名で、…

八丈島と三宅島

山田平右ェ門『八丈島の戦史』改訂版(東京:郁朋社、2012)宮本常一『辺境を歩いた人々』(東京:河出書房新社、2005)小石房子『江戸の流刑』(東京:平凡社、2005)樋口秀司編『伊豆諸島を知る辞典』(東京:東京堂出版、2010)池田信道『三宅島の歴史と…

断種と隔離

Radford, John, “Sterilization versus Segregation: Control of the ‘Feebleminded’, 1900-1938”, Social Science and medicine, 33(1991), 449-458.20世紀前半の英米における精神障害者の処置を例にとって、断種の問題を施設への収容との関連で捉えてモデ…

カリフォルニア精神病院の断種

Braslow, Joel T., “In the Name of Therapeutics: The Practice of Sterlization in a California State Hospital”, Journal of the History of Medicine and Allied Sciences, 51(1996), 29-51.カリフォルニアの州立精神病院の記録を用いた研究で、カリフ…

世代逆行の臓器移植

Kaufman, Sharon R., Ann J. Russ and Janet K. Shim, “Aged Bodies and Kinship Matters: The Ethical Field of Kidney Transplant”, American Ethnologist, 33(2006), 81-99.高齢者への腎臓移植を調査した研究。現在は70歳以上の高齢者への腎臓移植が盛ん…

OKな医学検査とNGな医学検査―大正期アイヌの場合

北海道庁『白老・敷生・元室蘭・旧土人結核病・トラホーム調査復命書』(大正2年)近代日本において、ダーウィニズムの優勝劣敗・適者生存の原理を日本人にまざまざと見せつけた民族は、おそらくアイヌであろう。この報告書の冒頭には、北海道庁警察部衛生係…

ハンセン病疫学のフィールドワーク調査

廣川和花「ハンセン病疫学と近代日本の地域社会」『歴史評論』No.746(2012年6月)59-75.必要があって、近代日本のハンセン病の歴史における疫学研究を分析した論文を読む。著者は、ハンセン病の歴史の新機軸を打ち出している気鋭の歴史学者の一人である。1907…

精神医学と宗教・20世紀

三浦岱栄「精神医学と宗教」内村裕之・笠松章・島崎俊樹『精神医学最近の進歩』(東京:医歯薬出版株式会社、1957), 67-78.必要があって、1957年に出版された「精神医学最近の進歩」という本を眺めていたら、その中に三浦岱栄が書いた「精神医学と宗教」と…

天然痘の影響とアメリカ先住民の勢力変化

Hodge, Adam R., “Pestilence and Power: The Smallpox Epidemic of 1780-1782 and Intertribal Relations on the Northern Great Plains”, The Historian, 72(2010), 543-567.同じく1780-82年の天然痘の流行を扱った論文。こちらは、先の論文でも触れられ…

1780-82年のアメリカの天然痘流行

Hodge, Adam R., “’In Want of Nourishment for to Keep Them Alive”: Climate Fluctuations, Bison Scarcity, and the Smallpox Epidemic of 1780-82 on the Northern Great Plains”, Environmental History, 17(2012), 365-403.1780-82年に天然痘の大流行…

不眠の医学史001

式場隆三郎『絶対安眠法』(東京:中央公論社、1937)20世紀前半における不眠という主題は、医学と身体の文化史・社会史の演習問題のような趣をもっている。新しい職業、大都市のナイトライフ、電燈の普及などの社会的な変化、生理学における睡眠の研究、疲…

イムの観察・理論の国際化の二つの過程

イムについての学説が、北海道や樺太のフィールドと、東京(メトロポリスI)・ドイツ(メトロポリス)II の間を流通した経路を少し整理した。重要なのは、榊保三郎の系列と、内村祐之の系列である。榊保三郎は、のちに九州帝国大学の精神科の教授となった人…