Research Memos

戦時神経症の治療と近代国家の本質(1)

戦時神経症の治療と国民国家の壁(1)櫻井図南男は戦時神経症について『軍医団雑誌』に連載した論文の中で、治療について非常に興味深いことを述べている。神経症の治療は通常の疾病の治療と違い、個々の症例に適合した治療手段があるというより、総合的な…

中野美代子『三蔵法師』

中野美代子『三蔵法師』(東京:中央公論社、1999)純粋に楽しみのための読書で、中野美代子『三蔵法師』を読む。西遊記の三蔵法師で有名な玄奘(602-664)のインド取経の旅を中心にした伝記である。玄奘になぜ興味を持ったかというと、しばらく前から般若心経…

「コレラ雲」という現象の分析

Mukharji, Projit Bihari, “The ‘Cholera Cloud’ in the Nineteenth Century ‘British World’: History of an Object-Without-an-Essence”, Bulletin of the History of Medicine, 86(2012), number 3, 303-332.BHMの新着号から非常に面白い論文。「コレラ雲…

『家畜人ヤプー』

『家畜人ヤプー』必要があって『家畜人ヤプー』を読む。1956-59年に雑誌『奇譚クラブ』に20回にわたって連載されたオリジナルは、恥ずかしいことに読んだことがなく、手元にあるのはいずれも単行本で、オリジナルに一章を足した1970年の都市出版社版、それ…

精神病ケアとレジリエンス・リカバリー・社会正義

Howell, Alison and Jujian Voronka, “Introduction: The Politics of Resilience and Recovery in Mental Health Care”, Studies in Social Justice, vol.6, no.1 (2012): 1-7.20世紀の中葉から後半にかけて、欧米各国で脱精神病院化が起きた。精神病床の数…

ピンク・フロイド Brain Damage の分析

Winthrop-Young, Geoffrey, “Implosion and Intoxication: Kittler, a German Classic, and Pink Floyd”, Theory, Culture & Society, 2006, 23: 75-91.昭和戦前期の精神病患者の症例誌を読むと、ラジオや電波などの妄想を語る患者や、それらの技術への不安…

井上俊宏『近代日本の精神医学と法』

井上俊宏『近代日本の精神医学と法』(東京:ぎょうせい、2010)精神科医が東大駒場の哲学の大学院で書いた修士論文を書籍化したものである。修士論文であるから決して新しい史実を発見したり新しい議論を組み立てたリサーチをしているわけではないが、出色…

今東光「弓削道鏡」

今東光「弓削道鏡」『今東光代表作選集 第四巻』(東京:読売新聞社、1973)今東光の短編「稚児」は、延暦寺が蔵する古文書で稚児との性愛の技法が書かれたものを読んで書かれたもので、『今東光代表作選集 第五巻』で読むことができる。その横にあった『今…

『カーマ・スートラ』とモダニズム文化

McConnachie, James, The Book of Love: The Story of the Kamasutra (London: Atlantic Books, 2007).カーマ・スートラとその英訳についての一般書である。買うべきではなかったけれども、読んだのは正解である。もともとは3世紀のインドの都市の洗練富裕層…

米軍兵士の神経症とスクリーニングの妥当性

Needles, William, “The Successful neurotic Soldier”, The Bulletin of the U.S. Army Medical Department, vol.4, no.6(1945), 673-682.米軍のヨーロッパ戦線を中心に活躍してきた軍医が記した精神医学的な理由によるスクリーニングについての論考。この…

明治期日本医学の洋医師たちのコネクション

Nakamura, Ellen, “The Private Medical World of a Meiji-Era Japanese Doctor: Ishii Kend?’s Diary of 1874”, Social History of Medicine, 2012.新進気鋭の日本医学史の研究者であるエレン・ナカムラによる転換期の日本医学の研究。主人公と素材は、幕末…

講演会:日本の児童福祉の人類学

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。シカゴ大学で博士号を取得され、現在ハーバードで講師をしていらっしゃるキャサリン・ゴールドファーブ先生に、ご講演いただけることになりました。ゴールドファーブ先生は日本の児童福…

陸軍病院で戦争神経症をみるのが楽しかった精神医

櫻井図南男『人生遍路』(福岡:葦書房、1983)九州大学精神科の著名な医学教授の自伝である。一番重要なポイントは、昭和13年から16年にかけての国府台陸軍病院への応召を楽しいものと受け止めていることである。国府台に昭和13年春から応召、戦争神経症の…

『素晴らしき新世界』

Kass, Leon, “Preventing a Brave New World”, The New Republic, 21 June 2001.ヒトのクローンに反対する生命倫理の古典的な論説であるが、それにオルダス・ハクスリー『素晴らしき新世界』についての捉え方が書いてあったのでメモ。このテキストはウェブ上…

南方熊楠『十二支考』

南方熊楠『十二支考』大晦日から元日にかけて、南方熊楠『十二支考』の蛇の章を読んだ。この数年、この博物誌家が魔法のような該博な知識でその年の干支を論じた文章を読むのが年末年始の恒例の行事になっている。十二支の中でも蛇という生き物は、民俗学か…

ポルトガルのコレラと幕末・明治日本のコレラ理解

Almeida, Maria Antonia Pires de, “The Portuguese Cholera Morbus Epidemic of 1853-56 as Seen by the Press”, Notes and Records of the Royal Society, (2012)66, 41-53.ポルトガルは1832年にはオポルトがコレラに襲われて全国に広がり約40,000人が死…

ドイツの精神病実地調査

Dilling, H., and S. Weyer “Prevalence of Mental Disorders in the Small-Town – Rural Region of Traunstein (Upper Bavaria)”, Acta Psychiatr. Scand. 1984: 69; 60-79.1975年に当時の西ドイツでは精神保健についての報告が出されて、政策と人々が精神…

アメリカの美容整形と日系移民

Haiken, Elizabeth, Venus Envy: A History of Cosmetic Surgery (Baltimore: The Johns Hopkins University Press, 1997)美容整形の歴史についての最初の洗練された書物である。20世紀のアメリカとその影響圏を中心としている。「マイケル・ジャクソン・フ…

キットラーと精神医療のメディア(媒介)

Winthrop-Young, Geoffrey, Kittler and the Media (Cambridge: Polity Press, 2011)王子脳病院の症例誌分析をする中で、ある個所においては、20世紀前半についてのメディア論が本格的に必要になったので、メディア論を読む。フリードリッヒ・キットラーは、…

横溝正史『髑髏検校』とストーカー『ドラキュラ』の精神病患者

『髑髏検校』「髑髏検校」は金田一耕介もので有名な横溝正史が昭和14年に『奇譚』に分載した作品であり、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』(1897)を忠実になぞって、舞台を将軍家斉の江戸に移し替えた吸血鬼ものである。『ドラキュラ』が、中世と伝奇のト…

熱帯生存圏の論文集から

杉原薫「熱帯生存圏の歴史的射程」杉原薫・脇村孝平・藤田幸一・田辺明生編『歴史のなかの熱帯生存圏―温帯パラダイムを超えて』(京都:京都大学出版会、2012), 1-28;脇村孝平「人類史における生存基盤と熱帯―湿潤地帯・半乾燥地帯・乾燥亜熱帯」杉原薫・脇…

「見世物」と19世紀両性具有研究のパラダイム

Mak, Geertje, “Hermaphrodites on Show. The Case of Katharina / Karl Hohmann and its Use in Nineteenth-century Medical Science”, Social History of Medicine, vol.25, no.1, 2012: 65-83.今年の5月に Doubting Sex という19世紀から20世紀の両性具有…

長期持続の受療の歴史―近世イングランドの薬の輸入

Wallis, Patrick, “Exotic Drugs and English Medicine: England’s Drug Trade, c.1550-c.1800”, Social History of Medicine, vol.25, no.1, 2012: 20-46.パトリック・ウォリスはLSEの先生で、17世紀から19世紀までの医療と経済について水準が高い研究を数…

通経薬と催淫・生殖

Evans, Jennifer, “’Gentle Purges corrected with hot Spices, whether they work or not, do vehemently provoke Venery’: Menstrural Provocation and Procreation in Early Modern England”, Social History of Medicine, vol.25, no.1, 2012: 2-19.月経…

兵頭晶子「民間治療場の日本近代」

兵頭晶子「民間治療場の日本近代―『治療の場所』の歴史から」『臨床心理学研究』50(2012), no.1, 2-14.同じくいただいた論文を読む。現在の日本における精神医療は精神病院が主軸になっており、先進国の中では精神病院の数が圧倒的に多い。この状況はしばら…

ギリシア医学と宗教的治療

東雅夫『世界幻想文学大全 怪奇小説精華』を読んでいたら、たまたま、その冒頭に置かれた作品が医学史の視点から見た時にとても重要だったのでメモをした。ルキアノスの「嘘好き、または懐疑者」という作品で、もともとはルキアノス『本当の話』の中に収録さ…

横溝正史「生ける死仮面」「蝋美人」

横溝正史「生ける死仮面」「蝋美人」横溝正史『首』(角川文庫)に収録されている二つの短編の医学的な背景についてメモ。「生ける死仮面」は同性愛と男娼をめぐる短編。東京杉並に住む彫刻家が、上野の男娼であると思われた17,8才の美少年をアトリエに運び…

兵頭晶子「『双葉病院事件』をめぐって」

兵頭晶子「『双葉病院事件』をめぐって」『情況』2011年、6・7月合併号、152-156.著者から論文をいただいた。福島第一原発の事故にまつわる精神科病院における患者の死亡問題に触れた短い記事である。福島第一原発と同じ大熊町に位置する精神科病院である双…

横溝正史「真珠郎」と精神病質者の製作

『真珠郎』は横溝正史の初期の作品。1936-37年の雑誌『新青年』に連載された。美少年で残虐で道徳心のかけらも持たない精神病質的な殺人者「真珠郎」が、医者によって遺伝と環境の双方を通じて製作されることが重要な設定になっている。「真珠郎」は無慈悲…

横溝正史「蔵の中」と結核患者

昨日は「面影草紙」の人間模型をメモしたが、もともとはこの文庫本『蔵の中』に収録された表題作の短編を読もうとして買った。「蔵の中」は1935年に雑誌『新青年』に発表された中編で、耳が不自由な美しい姉と美少年の弟の近親相姦的な思いを背景にした物語…