Entries from 2012-02-01 to 1 month

江戸川乱歩『人間椅子

江戸川乱歩『人間椅子』角川ホラー文庫・江戸川乱歩ベストセレクション1(東京:角川書店、2008)研究している時代の小説はたくさん読むことにしている。19世紀半ばのイギリスの精神医療の歴史の研究をしていたときは、ディケンズやギャスケルやブロンテな…

狂人の霊魂が、他の人の身体を乗っ取る話

ウェルズ「盗まれた身体」『タイム・マシン』に入っていた短編。霊魂が身体を離脱することを主題にして、催眠術、降霊術、伝心と身体幻像の伝送など、当時流行していたオカルト的な事柄を背景にしている。ネタバレしながらストーリーを紹介すると、ベッセル…

三宅鉱一とヒステリー論2

三宅鉱一『精神衛生』(東京:帝国大学新聞社、1936)「ヒステリー」147-193.もとは昭和9年8月、「花嫁学校講義録」第二巻に所収したもの。この「花嫁学校講義」というのは、なんだろう。フーフェランドなどはヒステリーは女のみであると言っていたが、現代…

三宅鉱一とヒステリー論1

三宅鉱一『精神病学提要』増訂第七版(東京:南江堂、1944)20世紀に入って、ヒステリーというのは疾病そのものとしての地位を失って、ヒステリー状の症状群や、ヒステリー様の反応という形で、あるパターンの症状や反応を名づける言葉となった。その根本に…

アッシャー館の崩壊

E.A. ポー「アッシャー館の崩壊」『ポー名作集』丸谷才一の翻訳で、アーサー・ラッカムとハリー・クラークの挿絵が入っているけれども、これらのことに過度な期待をしないほうがいいと思う。『ボートの三人男』の丸谷の訳は素晴らしい出来栄えだけれども、こ…

大正7年の保健善悪番付

大正7年の『変態心理』の投書欄より、身体によい健康的な生活と、むしろ体に悪い不健康な生活を対比させて、相撲の番付の形で表現したもの。「体に悪いもの」を見ると、あまりに最先端の科学技術を求めた医療や衛生をもとめて、過剰な健康と医療への信仰を持…

ヒステリーと神経症の歴史

Hustvedt, Siri, The Shaking Woman or a History of My Nerves (New York: Picador, 2009).著者は、英文学の博士号を持ち、小説などを書く人気が高い文学者であると同時に、共感覚者(synesthesia)であり、また、父親の死後に、人前で話す時に激しく痙攣する…

ツヴァイク『マゼラン』

ツヴァイク『マゼラン』ツヴァイクの歴史小説の中で、私が一番最初に触れたのは、小学校3年生くらいに読んだ、子供向けにリライトされたマゼランだと思う。「学研」から出ていた少年少女のための伝記シリーズに入っていた。副題は「暗黒の海に挑む」だった。…

ヒステリー患者と医学の権力の刻印

Beizer, Janet, Ventriloquized Bodies: Narratives of Hysteria in Nineteenth-Century France (Ithaca: Cornell University Press, 1993).1990年代の医学史研究において、もっとも注目を集めた分野の一つはヒステリー研究であった。その中で、文学研究が持…

ウェルズ『タイム・マシン』と優生学

ウェルズ『タイム・マシン』必要があって、H.G. ウェルズのSFの古典である『タイム・マシン』(1895)をチェックする。「次元」の概念に時間を導入して、二次元や三次元における平面や空間での移動ができるのと同じ理屈で、時間軸上も自由に移動することがで…

ネズミの人口密度と大都会の心理学

同じく新着の Isis から、20世紀中葉の心理学の実験の優れた分析を読む。2nd: Ramsden, Edmund, “From Rodent Utopia to Urban Hell: Population, Pathology, and the Crowded Rats of NIMH”, Isis, 102(2011), 659-688.1950年代にボルティモアの国立精神衛…

博物館の医療器具は知性に訴えるのか感覚に訴えるのか

新着のIsis から、医学博物館が、訪問者に何を感じ考えさせるべきかという議論。とても勉強になった。2nd: Arnold, Ken, and Thomas Soederqvist, “Medical Instruments in Museums: Immediate Impressions and Historical Meanings”, Isis, 102(2011), 718-…

古屋芳雄と国防国家論

松村寛之「<国防国家>の優生学―古屋芳雄を中心に―」『史林』83(2000), 272-302.戦前の厚生省における人口政策や体力政策などにおいて中心的な役割を果たした重要な人物である古屋芳雄を取り上げた論文である。古屋の優生学・民族衛生学を、「国防国家」と…

古屋芳雄の日本民族論

古屋芳雄『日本民族渾成誌―特に大陸との関係について』(東京:日新書院、1944)戦前日本の健康政策の中枢にいた古屋芳雄は多彩な著作があるが、その一つ。古屋は金沢の医学校の教授となった昭和7年から多方面にわたって精力的な研究を行っている。福井県の…

武村政春『ろくろ首の首はなぜ伸びるのか』

武村政春『ろくろ首の首はなぜ伸びるのか』(東京:新潮社、2005)「遊ぶ生物学」という趣向で、妖怪や空想上の生物を取り上げ、それらが実在するとしたら、どのような生物学の原理・法則で動いているのかという冗談を大真面目に話した本である。ギリシアの…

レオナルド「新作」

『ナショナル・ジオグラフィック』に、レオナルドの真筆ではないかという説が提出された作品についての記事が出ていたので、喜んで読んだ。オックスフォードの美術史家で、レオナルドの研究者であるマーティン・ケンプに持ち込まれた小さな肖像画の作品であ…

エロスと権威の道具としての浣腸

『芸術新潮』の春画特集2012年2月号の『芸術新潮』は春画と世界のエロティック芸術の特集である。「春画ワールドカップ」などというおばかな企画を組んでいるから誤解しがちだけれども、とても読み応えがある特集だった。日本の春画のほかに、中国、インド、…

カーマ・スートラ

BBCのラジオのIn Our Time は、Podcast して車の中で聴いているお気に入りの番組である、歴史、文学、哲学、科学と守備範囲も広く、科学史・医学史も充実している。その番組が「カーマ・スートラ」を取り上げて、今回もとても面白かった。http://www.bbc.co.…

大阪で二つのシンポジウム(3月9日・17-18日)

大阪市立大学・経済学研究科から、二つの大きなシンポジウムの案内があります。3月9日 重点研究「健康格差と都市の社会経済構造」シンポジウム日本における福祉国家の原型――格差をめぐる医療・社会政策――会場:大阪市立大学文化交流センター・ホール(大阪駅…

ライヒと「オルゴン仮説」

Christopher Turner, Adventures in the Orgasmatron(2011)1月4日のTLSで、フロイトの弟子でアメリカに行ったヴィルヘルム・ライヒの伝記が書評されていた。伝記の一つの中心は、ライヒの「オルゴン仮説」である。「オルゴン説」というのは、私は詳しくは…

Unpacking My Library

Unpacking My Libraryこの題名で、建築家編と作家編の二冊がイェール大学出版局から出ている。私がこのシリーズに気がついたのは、作家編が出た2011年で、建築家編は2009年に出ている。どちらもコンセプトは同じで、有名な作家・建築家の書斎を見せることで…

男性ヒステリー

Micale, Mark, Hysterical Men: the Hidden History of Male Nervous Illness (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 2008).マーク・ミケーリの男性ヒステリー論をチェックする。19世紀の後半は、ヨーロッパの産業が急速に発達すると同時に、その植…

夢遊病の医学と文学

Sadger, J., Sleep Walking and Moon Walking: a Medico-Literary Study, translated by Louise Brink (New York: Nervous and Mental Disease Monograph Series, 1920)Moon-walking: noctambulism (somnambulism is not so good a term.) a person rises fr…

クレペリンの世界戦略と戦争神経症への嫌悪

『クレペリン回想録』景山任佐訳(東京:日本評論社、2006)『クレペリン回想録』をチェックして、二つのポイントをメモ。一つは比較精神医学(多文化精神医学)の構想について。もう一つは、ラーナーが論じていた、戦争神経症にまつわる、患者に対するクレ…

In Time (2011) 映画

『ガタカ』(1997)という、アンドリュー・ニコル監督の傑作がある。近未来SF映画で、遺伝子を操作する生殖医療が広まって、遺伝性の疾患を予防することができるようになった社会において、普通のセックスをして生まれたために「疾患」や「障害」を持つ人間…

蔵書の荷ほどきをすること

Unpacking My Library: Architects and Their Books [2009]は,10組12人の建築家の書棚の写真を撮った美しい書物である。その冒頭に、ベンヤミンの「蔵書の荷をほどくこと」という美しい小文があった。恥ずかしながら、私はこのベンヤミンの文章を今まで知ら…

戦争神経症から優生学へ

Lerner, Hysterical Men の重要な指摘のひとつが、第一次世界大戦の戦争神経症をめぐって、ドイツの国民の間に現れた不満が、精神科医たちを優生学へと向かわせたという議論がある。第一次世界大戦後、精神科医に対する信頼は失墜した。戦時中の神経症につい…

夢遊病の研究(1884)

Tuke, Daniel Hack, Sleep-Walking and Hypnotism (London: J. & A. Churchill, 1884).夢遊病についての文献をチェックした。著者は、イギリスの指導的な精神科医。An automaton is substituted for the true volitional self. The will is the slave of a d…

ドイツの「男性ヒステリー」論

Lerner, Paul, Hysterical Men: War, Psychiatry and the Politics of Trauma in Germany 1890-1930 (Ithaca: Cornell University Press, 2003)ドイツにおいても、第一次世界大戦は愛国的な興奮の中で始められたが、すぐに、前線の兵士たちの間に奇妙な病気…