Entries from 2005-01-01 to 1 year

ソ連の社会衛生学

1920年代のソ連の社会衛生学についての論文を読む。私がまったく知らなかったテーマであったことと、社会医学の先駆者についての顕彰的な記述に食傷していたこともあって、とても新鮮だった。 革命前のロシアでは、衛生学は、medical police と細菌学に支配…

エジプトのトラコーマとナポレオン戦争

エジプトの「眼炎」が、当地に出兵した諸国の軍隊に流行したありさまを調べた論文を読む。 1932年に医学雑誌に出版された医者による疾病史の論文である。眼科の専門家が、昔の記述を読んで遡及的診断を行い、歴史上の感染経路を確定したものである。最近のい…

浅田宗伯

医学人名事典の締め切りが迫ってきた。エディターとしての責任を云々する前に、自分が担当した項目は終わらせないと。今日は、浅田宗伯とポンペのラフな草稿を大体書き上げ、森田正馬と森鴎外の準備を始めることができた。 浅田宗伯。「最後の国手」と言われ…

ホスピタルの起源

古代末期から初期中世のヨーロッパ・イスラム世界の病院(ホスピタル)の起源を論じた論文を読む。 Peregrine Horden という古代から中世の歴史研究者がいる。10年ほど前に彼が編集した論文集に寄稿したことがあって、それ以来彼のファンになった。 時代的に…

緒方洪庵 2

一日使って、医学伝記事典(Dictionary of Medical Biography)の緒方洪庵の項目を書いていた。何か論文を書いているときにはブログの更新が滞る。(学会が二つあった6月の更新は悲惨である。)それなら、書いたことや、書きたかったけど書けなかったことを…

神経痛の歴史

土曜日のシンポジアムのときに、名前だけは長いこと存じ上げていた高名な英文学者がフロアにいて「お話になったことと、<痛み>の問題とはどういう関係にあるのか」という質問を頂いた。質問の本体に入るまで、もう一人のシンポジストへの質問であるかのよ…

アメリカの産婆

積んでおいた本の山からほとんど無作為に取り出したのが18-19世紀のアメリカの産婆の日記の研究書だった。 それにさっと目を通す。 メディカル・マイクロヒストリーとでも言うジャンルがある。 医者の日記や診療録などをコアのマテリアルにして、丁寧に再構…

現代医療史研究とアメリカン・フレイムワーク

広井良典さんの『遺伝子の技術、遺伝子の思想』を読む。 「物語ることをめぐる異種格闘技」のシンポジアムが土曜日に終わった。 色々な事情があって、結局雑駁な話になってしまった。話の前半は、「医学や臨床系の実践で、これから<ナラティヴ>は一つの柱…

更新頻度

今回は書評ではない。 更新頻度についての反省である。 このブログの更新頻度は低い。数日に一回しか更新できないにもかかわらず、毎日訪問者のカウンターは増えている。 その人たちにちょっと申し訳ないと思う。 他のブログを見ると、もっと頻繁に更新され…

ナラティヴ・ベイスド・メディシン

「ナラティヴ・ベイスド・メディシン」(NBM)の解説書を、英語からの翻訳と日本人による書下ろし、あわせて二冊読む。 「物語ることをめぐる異種格闘技」が明後日になった。完全に満足がいく準備などもちろんできないが、この機会に、前から読みたいと思って…

日本のコレラ

日本のコレラ研究を英語でまとめた書物を読む。 この書物については、以前にポリッツァーの『コレラ』を紹介したときに触れた。内務省衛生局の高野六郎と東大伝研、北里研究所からそれぞれ一人ずつ選ばれて、国際連盟を通じて日本の高いコレラ研究の水準を世…

Over the Hill

圓月勝博さんの論文「文学史家ヒルとイギリス革命の響きと怒り」を読む。 家内が大学の同僚から戴いた『イギリス革命論の軌跡』をめくっていたら、何度かお会いしたことがある知人たちも書いていた。その中で何気なく読み出した圓月さんの論文が「痛快」とい…

病の物語

医療社会学者・哲学者の「病の物語」の分析を読む。 来週の週末に、ある学会で「物語ることをめぐる異種格闘技」と称して、英文学者たちを相手に「医学史と物語」というような内容のことを話すことになっている。色々な事情があって、分析というより紹介的な…

緒方洪庵

緒方洪庵関係の伝記を3冊ほど読む。 グリーンウッド社から来年刊行される『世界医学人名辞典』(Dictionary of Medical Biography) の日本の医者のエントリーを幾つか書く。そんな事情もあって、日本の医者の人生について付け焼刃で勉強している。その中の一…

環境思想の歴史

環境科学の思想史の草分け的な研究書を読む。 エコロジーの思想史について、できるだけ広い範囲をカバーした書物を読みたいと思っていた。(科学史を教わった人間の習慣で、「古代ギリシアから20世紀まで」の教科書を読まないと、何か落ち着かないので・・・…

サド侯爵と精神病院

サド侯爵の精神病院での晩年を描いた映画『クィルズ』を観る。このブログで初めての映画評。 シャラントンの精神科医ロワイエ=コラール(サー・マイケル・ケインの名演)は、偽善者にして冷酷な拷問者と映画では徹底的に敵役に描かれているけど、本当にこん…

戦争捕虜と疾病

プロシア=フランス戦争の際のフランス人捕虜が引き起こした天然痘の流行についての論文を読む。 しばらく前にフィリピンのコレラの地理学について紹介したが、同じケンブリッジの疾病地理学のチームによる「戦争と疾病の歴史地理学」シリーズの一つ。今度は…

コレラ流行時の講義録

医学生の講義ノートというジャンルの資料がある。PhDを書いたときには、このジャンルの資料をだいぶ読んだ。このジャンルの資料は日本にもたくさんあるらしい。昨日参加した学会でも、明治期の「研修医」のノートが紹介されていて、とても面白かった。 今日…

医学史と建築史

医学理論・医療現場の組織化が、病院の建築・設計に与えた影響を論じた論文を読む。 個人的な話をさせてもらうと、建築史と医学史のクロスオーバーは、いつか使えるようになってみたい分析視角の一つである。サンドラ・カヴァロのバロック期イタリアの慈善病…

パリの下水道

パリの下水道の表象を論じた研究書を読む。 パリの下水道。公衆衛生と都市計画の勝利の象徴であり、『レ・ミゼラブル』の重要なエピソードの舞台である。この巨大な都市設備とそこで働く労働者は、当時の人々の想像力を掻き立てた。その歴史が書かれることは…

アメリカ南部の黄熱病

19世紀後半のアメリカの黄熱病対策を研究した書物を読む。 同じ著者がマラリアについて書いた優れた書物を読んでいて期待していたが、その期待にたがわない高い水準の研究書だった。病原体も感染経路も分かっていない状態で、さまざまなアクターの利害のせめ…

戦争と化学兵器と殺虫剤

第一次・第二次世界大戦がアメリカの化学兵器と殺虫剤の開発に与えた影響を論じた書物を読む。 感染症を制圧するために環境に介入するのは18世紀以来の古典的な方法である。20世紀になると、熱帯医学のマラリア防圧を中心に、都市環境というより自然環境への…

NYの検疫

1892年のニューヨークで起きた、伝染病の検疫をめぐる事件を詳細に研究した書物を読む。 1892年のニューヨーク市は、伝染病が上陸する脅威と緊張を二回経験した。一度目はマッシリア号によって持ち込まれ2月から春にかけて市内の Lower East Side で発生した…

ホロコーストと発疹チフス

19世紀から20世紀にかけて、ドイツが東欧で行った防疫対策と、ナチスのホロコースト政策の重なりを論じた書物を読む。 シャワー室・毒ガス・死体焼却所。こう聞いて、誰もがアウシュヴィッツを思い浮かべるだろう。しかし、これらは、ドイツの医学・公衆衛生…

日本のコレラ研究

ポリッツァーの『コレラ』を読む。 1954年の『ペスト』に次いで、1959年にWHOから出版された金字塔。『ペスト』は約700ページ、『コレラ』は1000ページを超える。自身の観察を織り込みながら、コレラについて執筆当時までの膨大な欧文文献を吟味して書かれた…

リスクの社会的構成と公衆衛生

リスクの社会的構成についてのアメリカとフランスを比較した論文を読む。 病気を避けたいのは、どの時代でも同じである。しかし、「なぜ」ある病気のリスクを避けるのかというロジックは、時代によって、文化によって、状況によって大きく変わってくる。母親…

ロシアの発疹チフス

ロシアの発疹チフスについての論文を読む。 疾病の歴史を本格的に学び始めるまで、ロシアの興隆と拡大が果たした役割を過小評価していた(というか、頭の中にロシアのことなど入っていなかった)。18世紀以来、ロシアは黒海やカスピ海周辺に進出し、それまで…

アメリカの性病

20世紀の前半のアメリカにおける性病対策の歴史の古典的な研究書を読む。 AIDSのパンデミーとともに性病(VD)の歴史の研究は急速に充実したが、その中でもブラントの書物は定まった評価を得ている。ずっと前に買ったまま読んでいなかったが、もっと早く読…

社会疫学

フェローに教えられて、以前に買ってあった社会疫学(Social Epidemiology)の入門書を読む。私の今の研究テーマは、歴史疫学 (historical epidemiology) であると、自分では思っている。それで、これまで「疫学入門」系の本を、英語でも日本語でも何冊か読ん…

死因統計を歴史的に使う

死因について手当たり次第に集めた論文を何点か読む。これから数年間、近代日本の疾病構造の変化を論じる大きな仕事をする予定があるからである。そんな事情もあって、今日は、読んだ論文の要約というより、考えはじめていることを書いてみる。 同じ Medical…