Entries from 2014-01-01 to 1 year

恋愛の歴史家としての元物理学教員・石原純

石原純『恋愛の史的考察』性科学全集第10篇(東京:武侠社、1931) 阿部定が愛人の男性を絞殺して性器を切り取る事件が1936年の5月に起きた。英語の書物では、William Johnston 先生の最近の著作 Geisha, Harlot, Strangler, Star: A Woman, Sex, and Morali…

医学実験の対象として家族を選ぶこと:1927年の大原八郎の野兎病の実験

『正木不如丘作品集』全7巻(1967)に目を通す。とても面白い作品が多くて、本来探しているものではないのに、つい読みふけってしまう。解説などが全くないので、その作品がいつ書かれたかということが分からないが、「実験動物供養」という戦後に書かれた作品…

木々高太郎の作品―フロイト、植物人間、聴診エロス、優生学

木々高太郎『木々高太郎著作集』全6巻(東京:朝日新聞社、1970) 木々高太郎(きぎ たかたろう)は、本名を林髞(はやし たかし)といい、慶應医学部の生理学の教授である。1897年生、1969年没。ソ連に留学してパブロフのもとで研究した。ソ連の精神科学の…

古代におけるギリシア・ローマの医学とキリスト教の医学

Ferngren, Gary B., Medicine and Health Care in Early Christianity (Baltimore: The Johns Hopkins University Press, 2009). 古代ギリシア・ローマの医学と、初期キリスト教徒の社会との関係を論じた書物である。専門でないから正確に誰それのこのモデル…

『病める薔薇』より乳がんの図像など

話題の医学史画集である The Sick Rose に目を通す。文献はRichard Barnett, The Sick Rose: Or, Disease and the Art of Medical Illustration (New York: D.A.P., 2014). 疾病ごとにインパクトがある図像を集めて簡潔な説明を付けた画集。これまでもよく分…

怪談乳房榎

三遊亭円朝の「怪談乳房榎」を読む。文献は三遊亭円朝『怪談牡丹燈籠 ; 怪談乳房榎』(東京:筑摩書房, 1998) 円朝は幕末から明治期にかけての落語家で、医学史では『真景累ヶ淵』で知られている。これは江戸期から存在した幽霊の女性である累の話と、幕末…

19世紀アメリカの精神病院の医者たちの最高権威はなぜシェイクスピアだったのか

Reiss, Benjamin, Theatres of Madness: Insane Asylums and Nineteenth-Century American Culture (Chicago: The University of Chicago Press, 2008). 医療の社会史の中にも、社会科学の方法を取って患者の人口動態などを明らかにする手法もあるし、文化や…

「卒都婆小町」

能の傑作の一つである「卒都婆小町」を読む。観阿弥作で、老女物・憑霊物の作品。<日本古典文學大系>の40巻にあたる、横道萬里雄・表章校注『謡曲集 上』(東京:岩波書店、1960)、81-88. 小野小町が老醜の乞食となったのがシテ、旅の僧がワキ。前半は老…

結核療養所の青春

新井義也『天国街道―結核療養所 保生円の日々』(東京:英治出版、2006) ハンセン病、精神病、結核は、20世紀の前半から後半にかけて日本が隔離収容した三つの疾病である。この中で、患者も一番多く、最も深刻大規模な問題であった結核が、意外に歴史研究で…

パリのオムレツ

David, Elizabeth, A Book of Mediterranean Food, foreword by Clarissa Dickson Wright (New York: New York Review Books, 2002). お料理の素材として、卵がかなり好きだ。目玉焼き、ゆで卵、スクランブルド・エッグ、卵焼き、茶碗蒸しと、どれもとても好…

患者から見た症例誌―昭和戦前期の精神病院から

症例誌 / 診療録は、医療者側が、ある患者についての観察したことなどを記録した資料である。欧米の医学史研究においては最強というか必須の史料であり、このタイプの資料を用いて、20年か30年ほど前から色々な方面に医学史研究が発展してきた。 昭和戦前期…

文学と優生学3

ドグラ・マグラについて議論の要点を示した部分です。 夢野の本名は杉山直樹で、のち改名して泰道となった。家庭は裕福で父親は右翼系の壮士であり文章も書いた。両親の離婚のため複雑な家庭生活の子供時代を送り、福岡の高等学校を卒業したのちに軍隊に入隊…

優生学と文学2

同じく『ドグラ・マグラ』を論じる論考にいれる背景の一部です。もちろん下書きですので、引用しないでください。また、先日は大変貴重なコメントを頂きましたが、また皆様からコメントを頂ければ幸いです。 「狂った科学者・狂った医学者」という主題は、メ…

優生学と文学 I

いま、『ドグラ・マグラ』についての原稿を一本用意していて、その背景として、 日本における優生学と文学の関係について少し書いてみました。臨床と政策における優生学と、文学における優生学的な想像力の関係を どう考えたらいいのか、手さぐりで考えてい…

『秋刀魚の味』

ツィッター上で友人に勧められて、小津安二郎監督の遺作『秋刀魚の味』のDVDを借りて観る。1962年の製作・配給で、婚期を迎えた娘を見合いさせて送り出す父親の老いと孤独を描いた作品。主演の父親役は笠智衆、娘役は岩下志麻で、それ以外にも杉村春子、佐田…

中世医学の コンシリウム

Grant, Edward ed., A Source Book in Medieval Science (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1974). 先日の大学院の授業で、医者が書いたテキストのジャンル分けの話をしているときに、アサインメントとして使ったモルガーニの書簡は、後期中世に…

明治の医学雑誌から

前田久美江編著『現代医療の原典を探る―百年前の雑誌「医談」から』(京都:思文閣、2004) 『医談』は明治26年から41年にかけて刊行されていた雑誌。合計で115号が刊行され、1986年に3巻本で復刻出版された。この復刻は古書で手に入るが高価であり、興味深…

英語の授業を一学期行って―確認点と努力目標

今学期は日吉キャンパスの歴史学の授業で、授業内容をほぼ100%英語で提供した授業を行った。かつては「一般教養」と呼ばれた授業で、対象は全学部の主として1・2年生で、自由に選択して履修できる科目である。内容は精神疾患と精神医療の歴史で、今学期は古…

17世紀末の内科医と薬剤師の風刺文学

サミュエル・ガース『薬局 17世紀末ロンドン医師薬剤師大戦争』西山徹編訳、高山修・服部典之・福本宰之訳、岡照雄序(東京:音羽書房鶴見書店、2014) 17世紀から18世紀にかけてイギリスで活躍した内科医である Samuel Girth が書いた The Dispensary が翻…

地震とペスト―東ローマ帝国

Tsiamis, Costas, Effie Poulakou-Rebelakou, Spyros Marketos, “Earthquakes and Plague during Byzantine Times: Can Lessons from the Past Improve Epidemic Preparedness?”, Acta med-hist Adiat 2013; 11(1), 55-64. ペストというと14世紀の黒死病には…

ガレノスの解剖学テキスト

ガレノス『解剖学論集』酒井建雄・池田黎太郎・澤井直訳(京都:京都大学出版会、2011) ガレノスの解剖学のテキストのうち6点を翻訳したものである。「骨について初心者のために」「静脈と動脈の解剖について」「神経の解剖について」「臭覚器について」「…

天正・慶安期の医学における<症例>

曲直瀬玄朔原著、高島文一註釈『医学天正期について』(京都:私家出版、2009) 『医学天正期』は天正年間から慶長年間にかけて曲直瀬玄朔が記録した診療の記録。60の疾患部門に分けられ、合計で300余名の患者について記されている。(同一の患者が複数の部…

日本の探偵小説について

権田萬治『日本探偵作家論』幻影城評論研究叢書(東京:幻影城、1975)を読む。さすが名著として評価が定まっている評論であった。探偵小説の捉え方についての洞察は深く、個々の作家や作品についての論評は大きく首肯するものであった。もちろん、私が知っ…

症例というエピステミック・ジャンル

Pomata, Gianna, “Sharing Cases: The Observationes in Early Modern Medicine”, Early Science and Medicine 15 (2010), 193-236. ルネサンスから18世紀の医学テキストにおける症例の意味を検討した論文。初期近代ヨーロッパの研究者はもちろんのこと、す…

アメリカの優生学と南部の公衆衛生

小野直子「アメリカの優生学運動と生殖をめぐる市民規範―断種政策における<適者>と不適者>の境界」、樋口映美・貴堂嘉之・日暮美奈子編『<近代規範>の社会史』(東京:彩流社、2013), 163-185. 平体由美「アメリカ南部寄生虫対策とコミュニティ公衆衛…

ナンシー・デュアルテ『ザ・プレゼンテーション 人を動かすストーリーテリングの技法』

ナンシー・デュアルテ『ザ・プレゼンテーション 人を動かすストーリーテリングの技法』中西真雄美訳(東京:ダイヤモンド社、2012) アメリカのCEOのプレゼンテーション技法の本を斜め読みする。良いことがいくつも書いてあったからメモしておく。 最初の設…

眞嶋亜有『「肌色」の憂鬱―近代日本の人種体験』(東京:中央公論新社、2014)

眞嶋さんから新刊のご著書をご恵贈いただきました。ありがとうございます。近現代の日本の主に文学や思想から題材をとり、西洋化・文明化を懸命に試みていた国家と社会に生きる知識人にとって、肌の色が違うという情け容赦ない現実は何を意味したのかを問う…

進行麻痺と器質痴呆

進行麻痺について基本的なメモ。精神医学辞典や Wikipedia などから。 進行麻痺 (general paralysis, GPI) は、梅毒が進行して第四期となり、脳実質が侵された時に発症する精神疾患である。1822年にパリの Antoine Bayle によって独立した疾患として記述され…

E.A. ポーの死と催眠の短編

Poe, Edgard Allan, “The Facts in the Case of M. Valdemar”, Kindle にダウンロードしたThe Complete Works (無料)で読んだ。10ページ程度の短い短編である。 「ヴァルデマール氏の症例についてのいくつかの事実」は、エドガー・アラン・ポーの優れた短…

<ヒポクラテス>の有名でない症例

Hippocrates, Hippocrates, vol.VII, edited and translated by Wesley D. Smith, Loeb Classical Library (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1994). 症例の文体について考えるために、ヒポクラテス文書の『流行病論』2巻、4-7巻を読む。 ヒポ…