Entries from 2011-06-01 to 1 month

「チェルノブイリの聖母」

グレッグ・イーガンの短編集の中に、「チェルノブイリの聖母」という心にひびく短編があった。チェルノブイリの原子炉の作業員が事故の直後に致死量の放射能を浴びる。彼は事態の本当の大きさをさとり、これから何万人が死に、大地と水は数十年も汚染される…

「ブラック・スワン」

飛行機の中の映画。しばらく前から飛行機に乗るたびに観ようと思っていた。主演はナタリー・ポートマンで、この作品でアカデミー主演女優賞をとった。バレエ『白鳥の湖』の主役に抜擢された若いバレリーナが妄想を発展させていくサイコ・スリラー。彼女のラ…

ランボーの書簡より

出版社の販促パンフに引用されていたランボーの手紙の一節が少しよかったのでメモした。ランボー書簡より(家族あて アデン 1885.1.15) 僕の写真はお送りしません。無駄遣いしないよう気をつけているのです。それに僕はいつも粗末な服を着ています。ここで…

G/イーガン「幸せの理由」

必要があって、グレッグ・イーガンの短編集『しあわせの理由』に収められた短編「道徳ウィルス学者」を読む。これも、バイオテロリズムを主題にしたSFである。主人公はジョン・ショウクロス。アメリカの「聖書地帯」に住む敬虔なクリスチャンの家庭に生まれ…

『本邦に於ける地方病の分布』

大正期から日本の各地で「地方病」の調査が行われ、対策が立てられた。ここで扱われているのはクル病(骨軟化症)、象皮病(フィラリア)、マラリア、日本住血吸虫症、ワイル氏病、肺臓ジストマ病と肝臓ジストマ病、それにツツガムシ病などである。この調査…

H.G. ウェルズ『盗まれた細菌』

ウェルズに『盗まれた細菌』という、バイオテロリズムのはしりのような短編があるのを知って、翻訳を読んだ。文献は、H.G. ウェルズ『盗まれた細菌/初めての飛行機』南條竹則訳(東京:光文社、2010)表題作以外に、「奇妙な蘭の花が咲く」「紫の茸」「初め…

「AIDS のポスター展」の分析

Stein, Claudia and Roger Cooter, “Visual Objects and Universal Meanings: AIDS Posters and the Politics of Globalization and History”, Medical History, 55(2011), 85-108.基本的にはAIDS のポスターを分析したヴィジュアルな医学史。そこに、もう一…

「新しい公衆衛生」は新しいか

Vallgårda, Signild, “Appeals to Autonomy and Obedience: Continuity and Change in governing Technologies in Danish and Swedish Health Promotion”, Medical History, 55(2011), 27-40.「新しい公衆衛生」(new public health)という概念がある。古い公…

精神医学の国際化

20世紀の医学の歴史の一つの柱は国際化であり、WHOなどの国際的な機関が重要なプレイヤーになってきたことである。その「国際化」という現象を、計量的な方法で測って、新しい視座を出した論文である。文献は、Burnham, John C., “Transnational History of …

『日本医史学雑誌』

『日本医史学雑誌』は、日本医史学会の機関誌である。通巻で1542号を数える、長くから続いている雑誌である。(昭和3年の1巻から昭和19年の17巻までは復刻されている。)しばらく前には雑誌としての成立が危ぶまれた時期もあったが、ここしばらく持ち直して…

『私は赤ちゃん』以前の松田道雄

和田悠「松田道雄における転向と戦争経験―戦後民主主義の歴史的契機として」渡辺秀樹・有末賢『多文化多世代交差世界における市民意識の形成』(東京:慶應義塾大学出版会、2008), 211-236. 『育児の百科』『私は赤ちゃん』で有名な小児科医の松田道雄の戦…

『厚生省五十年史』

厚生省は、戦後に結核対策が成功した自慢をするのを少し控えたほうがいいと思います。持っている資源の大部分を結核対策に集中することで、何が放置され、どのような機会が失われたのかということを、冷静に検討してみたらどうですか。

美馬達哉「軍国主義時代―福祉国家の起源」

美馬達哉「軍国主義時代―福祉国家の起源」佐藤純一・黒田浩一郎編『医療神話の社会学』(東京:世界思想社、1998), 103-126.著者は一流の医科学者でもあると同時に、医療についてのSTSや社会科学・歴史社会学の分野でも優れた仕事をしているという才人であ…

デイヴィズ『ダーウィンと原理主義』藤田祐訳

メリル・ウィン・デイヴィズ『ダーウィンと原理主義』藤田祐訳(東京:岩波書店、2006 )アメリカにおける、宗教的な動機にもとづく進化論の否定を説明した書物で、1925年に高校教師を進化論を教えたかど、聖書の創造論を否定したかどで告発した「スコープス…

エジプト聖刻文字

ヴィヴィアン・デイヴィス『エジプト聖刻文字』矢島文夫監訳(東京:学芸書林、1996)大英博物館が出している Reading the Past という双書の一冊である。この双書には、翻訳されていないかもしれないけれども、Mathematics and measurement という、古代数…

鴻上尚史『発声と身体のレッスン』(東京:白水社、2002)

恥をしのんで書く。いまから15年ほど前に大学で教え始めたけれども、しばらくは、私は教師として話すのが上手だと思っていた。なぜそういう自惚れを持つことになったのかはよくわからない。授業が成立するというだけで安心してしまったという要素が確かにあ…

タクアンうどんの謎

古い本を整理して書庫に入れるときにメモした。メアリー・フレイザー著、ヒュー・コータッツィ編 横山俊夫訳『英国公使夫人の見た明治日本』(京都:淡交社、1988)外国人が日本に感じた「臭い・匂い」について。街のにおい、食べ物のにおい、そして、これは…

治験の海外移転

必要があって、製薬業の新薬開発の環境変化についての論文を読む。文献は、ジュリア・ヨング「新薬開発をめぐる企業と行政-治験を中心に」工藤章・井原基編『企業分析と現代資本主義』(京都:ミネルヴァ書房、2008)、166-191.企業は環境変化に対応して自…

養老孟司・布施英利『解剖の時間―瞬間と永遠の描画史』

必要があって、解剖学イラストの分析をした一般書をチェックする。文献は、養老孟司・布施英利『解剖の時間―瞬間と永遠の描画史』(東京:哲学書房、1987)現代人ホモ・サピエンスは約5万年前に出現し、その後解剖学的にはほとんど変化していない。(中略)…

漢方を西洋医学風に理解する

必要があって、田中香涯の漢方論をチェックする。文献は、田中祐吉著 通俗病理講話 第1巻 東京:吐鳳堂,明41田中祐吉(香涯)は、大正・昭和にかけて医療評論家として活躍した医者である。当時の医療の在り方を批判し、自然治癒力の重視をとなえ、『医文…

漢方と細菌学

湯本求真の『臨床応用漢方医学解説』を読む。大阪の同済号書房から大正6年に出版されたものが近代デジタルライブラリーに入っている。湯本は和田啓十郎に憧れて皇漢医学を再興させた、昭和漢方の再興の巨人である。日本の近代公衆衛生はコレラの流行の産物…

中西啓『長崎のオランダ医たち』

必要があって、長崎の「オランダ医」たちを扱った新書をチェックする。文献は、中西啓『長崎のオランダ医たち』(東京:岩波書店、1975)長崎からの西洋医学の導入というのは蘭学史・洋学史の古典的なテーマで、本来、もっといい書物を手元に置いておくべき…

建部清庵・杉田玄白『和蘭医事問答』

同じく、日本思想大系『洋学 上』に、杉田玄白の著作として取られていた『和蘭医事問答』で、玄白に質問をしていた建部清庵という医者の質問がとても面白いのでメモしておく。建部清庵(1712-82)は、奥州一ノ関、田村侯の侍医であった。彼は「瘍医」(外科…

杉田玄白

必要があって、岩波の思想大系『洋学 上』に収録された杉田玄白を読む。文献は「和蘭医事問答」「狂医之言」「形影夜話」など。杉田玄白というと、『解体新書』や『蘭東事始』が有名だけれども、前者は解剖学書だから、それを面白いと思える能力がある人が限…

今野雅方『深く<読む>技術』

ちくま学芸文庫から出ている本で、日本の高校生や大学生が、暗記中心主義の教育を脱して、ものをきちんと理解し考えることができるようになるにはどうしたらいいかを実践したもの。高等教育に携わっているものが授業の方向などを考える上での補助テキストと…

大谷誠『20世紀前半の英国における<精神薄弱者問題>』

必要があって、博士学位請求論文を読む。文献は、大谷誠『20世紀前半の英国における<精神薄弱者問題>-公的管理と社会階層』同志社大学大学院文学研究科・博士学位請求論文。ヨーロッパ諸国でMental deficiency (歴史的に、精神薄弱と訳す)に対する組織…

日本の痘瘡(天然痘)史

必要があって、日本の痘瘡の歴史についてのレファレンス的な本をチェックする。文献は、川村純一『病の克服―日本痘瘡史』(京都:思文閣、1999)痘瘡の歴史について何か新しいことを述べるというよりも、古い知見をまとめ、新しいリサーチをしたうえで、それ…

ウィスキーのガイド

Broom, Dave, Handbook of Whisky: a Complete Guide to the World’s Best Malts, Blends and Brands (New York: Hamlyn, 2000).私は時々ウィスキーを飲む。イギリスに長くいたし、それどころかスコットランドに1年間住んでいたこともあるから、ウィスキーの…

核家族と親族

必要があって、核家族と親族についての研究論文を読む。文献は、Reay, Barry, “Kinship and the Neighbourhood in Nineteenth-Century Rural England”, Journal of Family History, 21(1996), 87+アラン・マクファーレンやピーター・ラスレットといった大物…

『まんが 医学の歴史』

事情があって、医学書院から茨木保『まんが 医学の歴史』をいただいたので、喜んで目を通す。欠点も長所も、だいたい予想した通りだった。欠点はたくさんあるが、一番大きなものは、やはり、マンガであることと関係ある。偉大な人物と劇的な事件を大げさに描…